第十話 小屋の中
「なんだおまえら。どうかしたのか?」
奥にあるパイプ椅子に座り、煙草をふかしていた八木さんは、思いがけない来訪者に驚いた様子だった。
「俺、今日のバイトはやめるんで家に帰してください」
茶髪は小屋に入るなり、何の前置きもなく、出し抜けにそう言った。
「はぁ? 何言ってんだおまえ」
煙草の灰を落としてしまったのか、八木さんはひざの辺りを手で払いながら、すっくと立ち上がった。
茶髪の背中ごしに、恐る恐る八木さんの顔を見る。
容赦のない突き刺すような視線が、こちらに向けられている。
相手を威嚇する目だ。
私は自分に向けられている訳でもないその鋭い眼光に耐え切れなくなり、思わず横を向いた。
すると、今まで気づかなかったが、見慣れない一人の男が部屋の隅に立っているのが見えた。
この場にはおよそ似つかわしくない、グレーのスーツをかっちりと着こなしたサラリーマン風の男。
いつの間にここへ来たのだろう。
男はおどおどした様子で二人のやり取りを見ている。
「なんかあったのか?」
八木さんはその場に突っ立ったまま、さらに低いトーンで声を発する。
「いえ別に」
「じゃあなんでやめるんだよ」
言葉に詰まる茶髪。
ひりひりとした緊迫感に胸が締め付けられる。
私ならもうこの辺りで喋ることさえ無理になるだろう。
「ちょっと……、仕事の内容がヤバそうなんで……」
茶髪の返答に八木さんの顔がゆがむ。
ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。
「あれを見ておじけづいたか」
「そうじゃねぇよ。いかがわしい仕事はやらねーつってんだよ」
「なんだと、おい」
険悪な雰囲気が小屋中に漂う。
この先どうなってしまうのか。
もみあいになったら止めるべきだろうか。
「どこがどういかがわしいのか言ってみろよ」
八木さんは茶髪のすぐ目の前まで行って立ち止まり、相手をにらめつけた。
その気配に圧倒されたのか、茶髪はうつむき、何も言い返さない。
そのまま、まるで時間が止まったかのように二人は動かない。
ぴーんと張り詰めた空気が辺りを支配し、私はあまりの緊張で手がしびれ始め、吐き気を催した。
「や、八木さん、無理強いはいけません。仕方ないのであきらめましょう」
静寂を破ったのはスーツの男だった。
かなり無理をしている感じではあったが、なんとかこの場をおさめようとしている。
しばしの間、八木さんは茶髪を威嚇し続けていたが、小さく舌打ちをするとくるりときびすを返し、部屋の奥にあるパイプ椅子に腰を下ろした。
「わかったよ。好きにするがいいさ」
新しい煙草に火をつけ、ふぅっと煙を吐きながらそうつぶやく。
茶髪は意外だと言わんばかりに驚いた様子で顔を上げた。
とりあえず一触即発の状態は回避され、私は安堵感から大きなため息を一つついた。
案外あっけなく身を引いたな。
仕事の内容が内容だけに、ひょっとするとこういう事態はよくあることなのかもしれない。
「だが、みんなの作業が終わるまではここにいてもらうぜ。帰ろうにも足がないからな。それからバイト代は出せないがそれでもいいんだな?」
八木さんの言葉に茶髪は何も言わず、ふてくされた態度ですぐそばにあった角材にどかっと座った。




