モラトリアムの禁忌
深夜零時。携帯端末の通知が、僕を浅い眠りから引き上げた。
なんとなく、大まかな予想を付けながら、ロックを解除する。七の連打だ。
すると、予想した通りの文面が届いていた。
【A太】こんばんは、夜分遅くに失礼いたします。
【A太】誕生日おめでとう。
【A太】俺はもう眠りますので、返信は六時以降でお願いしやす。
……ふざけてるな。
【僕】おい、こっちはお前のせいで起こされてんだぞ
【A太】すいやせん。残業でさ。
高校卒業後、大学に進学した僕と、工場に就職したあいつとでは、なかなか時間が合わないことがある。
【A太】酒飲んだ?
【僕】いや
【A太】じゃあ煙草は?
律儀な僕たちは、周りの同年代が飲酒している中、きちんと法律に収まり酒、煙草には手を出さずにやってきた。焦らしプレイというやつだ。
そういう訳で僕は、多大なる好奇心と、曖昧だけれど確実な期待を存分に膨らませていた。が、モラトリアムからの追放を受けた今、案外穏やかな心境であり、それを遺憾に思っている。
とりあえず、自室から一階のキッチンまで降りて、冷蔵庫を物色する。父の缶ビールが並んでいるスペースがあるので、そこから適当に拝借して(多分ビールだ)部屋へ戻る。
しゅこっ、と爽快な音を立ててプルタブを引けば、独特な匂いが広がる。
思い切って、一口目。缶を口元へ近づければ、強烈な匂いが肺を突く。よく冷えた液体が、小さく舌に触れた。
【僕】飲んだ
【僕】炭酸だ
【僕】苦い炭酸だ
【僕】あと臭い
【A太】まじか。
【A太】そんなもん?
【A太】もっと豊かな心で感じ取ってみろ。俺の夢を壊すな。
【僕】僕はもう夢を壊されてるのに
【A太】俺より一か月先に産まれたということは、俺より先に夢を持ち始めたということだ。それなら、俺より一か月早く夢が壊れたっておかしくはない。
【僕】とんだ暴論だ
確実に、希望の性質を持った何かがこの日、あっけなく壊れた。
親戚があれほど美味そうに呷っていた液体が、大して美味くはないこと。時が来れば、あの独特な匂いも愛せるようになるのかと思っていたら、全くそんなことはなかったこと。
何も、変わらない。変わっていない。
僕は、果たして大人だろうか。
【僕】明日は焼肉な
【A太】予約済みだぜ相棒。
高校を出て、すぐに社会へ飛び出したあいつの方が、いくらか精悍な顔つきになったように見える。