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待ち人

今日も…来てくれなかった。





私は、すっかり葉桜になってしまった桜の木の下で、幹に預けていた背中を浮かせた。




もうそろそろ、家に帰らなきゃ…




太陽は沈み、空も、夕焼けの赤から闇夜の紫へと移り変わろうとしている。





今年は例年よりかなり早く桜が咲き始め、入学式では全て散ってしまうのではないかと思うほど、卒業式では満開だった。


私は仲の良かったクラスメートの佐倉井くんに告白したくて、その卒業式の日に勇気を振り絞って


4時に桜の木で待っているので来てください。


と彼の下駄箱に手紙を入れた。



私は、佐倉井くんと高校が別々である事を知っていたので、この気持ちだけでも伝えたかった。



卒業式の日、私は日が沈むまでこの桜の木の下で待ち続けたが、彼は来なかった。



佐倉井くんとは、中学3年の始めにくじ引きで隣の席になり、よく話す様になった。


お互い部活に入っていなかった事もあり、通学経路がこの桜の木がある公園まで一緒だった為、たまに二人で帰る事もあった。


とても、誠実な人で。

その人柄を好きになって、告白する事を決めた。



手紙を見たらきっと、来てくれる…



卒業式の日、太陽が沈んでから、連絡先を聞けずに1年を過ごした事を後悔した。

けれども、仮に連絡先を知っていたとしても、来てくれなかった彼に連絡する勇気を自分は持ちあわせていないことも知っていた。



何か、来れない理由があるのかもしれない…



そう自分の都合の良いように解釈した私は、こうしてそれ以来、4月になった今でも、4時になるとここに来てしまうのだった。




***




暗くなる前に、帰宅した。


我が家は、常に妹と母の騒がしいやりとりが繰り広げられている。



父はおらず、三人家族だが、賑やかで楽しい妹のお陰で寂しいと感じたことはない。



母は、総合病院の看護師で、朝も夜も関係なく働いて私達を養ってくれている。



「ママ!もういい加減出ないとヤバくない~?」


「あら!もうこんな時間…明日の朝まで帰って来れないからね!きちんと朝起きるのよ!?」


「大丈夫、大丈夫♪」


「…こら!そう言いながら夕飯つまみ食いするんじゃないのっ…しかも、それお姉ちゃんの分!」


「あはは、間違えた~♪お姉ちゃんなら許してくれるっ♪」


「ほんとに、もう…少しはお姉ちゃん見習いなさい!」



賑やかな妹と比べると、私はどちらかと言うと、大人しい。内気だと言っても、いいかもしれない。



「じゃあ、戸締まりしっかりね、火は使わないでね!?」



「は~い」

「はい」



母は、せかせかと病院に向かった。


残された妹は何か呟いたが、私には聞き取れなかった。




「最近、お姉ちゃんの好物ばかりだぁ~」



***



翌日、いつも通りに桜の木の下でぼーっと時を過ごした。



けれども、いつもと違って、今日は私と違う高校の制服を着た女の子に声を掛けられた。



「ねぇねぇ貴女、昨日もここにいたよねぇ~?」


「え?あ…はい…」


「何かしてる…訳でもなさそうだし、誰か待ってるの~?」


私はちょっと気まずくなって、頭を下げた。


「あ!ごめんね、話しにくかった?俯かないでよ~っ…私が苛めたみたいじゃない」


女の子は、興味本意でずけずけと人のプライベートを聞いてくる割には、悪い子ではないみたいだ。


なんだか妹に似てるかも、と思って少し好感を持った。



「私さ、結構この辺ウロウロしてるから、毎日決まった時間に現れる貴女の事が気になってたの~!私の名前は明日香!よろしくね♪」




明日香と名乗る女の子は、突然現れて、以来毎日、私とたわいもない話をした。


…何日か経って彼女と仲良くなり、やっと、私は佐倉井くんの話をした。



「そっかぁ…なんだか一途な話だね~っっ!」


「あは、一昔前の話みたいだよね」


「自分で言っちゃう?それ」


「今時じゃない自覚はある」


「あははは~!」



明日香はひとしきり明るく笑った後、佐倉井くんの高校を聞いてきた。



「お!!なんと運のいい…!その高校ならツテがあるから、ちょっと聞いてみるよ♪」



私は、最初は余計な事しないでと断ろうとしたが…明日香が、真剣な目で


「貴女、このままじゃ絶対良くないよ…」



と言うので、断れなくなってしまった。




…いや、本当は…私自身、待ちくたびれたのだと思う。




翌日、もう恒例となってきた、明日香との談話を繰り広げながら、桜の木の下でいつも通りに待っていると…






佐倉井くんが、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。








どきん








と、胸が鳴った。





中学の時と違って、高校に入った彼は、ブレザーを着ていて…格好よくなっていた。



けれども




彼の半歩後ろに、綺麗な黒髪の、整った顔立ちの女の子が着いてきていたのだ。





…彼女、なのかな…?





私は逃げ出したい心境でいたが、隣にいた明日香がブンブンと手を振った。


「こっちこっち~!!」


と二人を呼ぶ。


もう、逃げられない。




「忍チャン、この子この子」



どうやら、佐倉井くんと一緒に来た女の子は、明日香の知り合いだった様だ。




明日香のツテ=女の子である事実にホッとした。



一方、佐倉井くんは所在なげにキョロキョロしている。



忍チャンと呼ばれた女の子は、「どうも初めまして」と丁寧に私に頭を下げた。



「忍チャン、なんとかなりそ?」


「初めてのケースですが…恐らく」


「良かったぁ…じゃあ、よろしくね♪」


明日香と忍さんはそう会話すると…



忍さんが、佐倉井くんに言った。




「佐倉井さん。こちらに、神田さんがいます。佐倉井さんから、お話をお願い致します」


「え!?あ…あぁ…」



私には、二人のギャラリーがいる中で、佐倉井くんに告白する勇気はない。

だから、佐倉井くんから話してくれるのはとても有り難かった。



彼は、ちょっと迷ったあと…静かに話し出した。




「神田…そこにいるのか?いつまでも待たせてごめん。


俺、神田が卒業式の日、校門前で轢かれたって聞いてから…病院には何度か行ったんだけど、こっちには来なかった」



病院…?



轢かれた…?




私、が…?




まだ何か話している佐倉井くんの目は、私をしっかり捉えていなかった。

彼のその様子は、見えない何か、に向かって話し掛けているとしか見えない。








じゃあ今、ここにいる私は…





自分の腕を見ると…透けて、地面が見えている。




「……だから……俺、神田が好きだ」






混乱する中で、佐倉井くんが、私を好きだと言ってくれた事だけはわかった。





「…嬉しい…」





もう、遅いかもしれないけど。






腕だけでなく、体も…透き通り出している。






私は、二人の観客がいることを忘れ…佐倉井くんだけを見つめ、消えてなくなる前に最後に伝えた。




今まで言いたくて、ずっと言えなかった言葉を。




***




今日も…現れなかった。




私は、桜の木の下で溜め息をついた。







交通事故で頭を強打し、一時生死の境をさ迷っていたが、もともと外傷は殆んどなかった為、精密検査で異常が見られなかった後は、直ぐに退院をする事が出来た。





私が目を覚ました時の様子は、今でも覚えている。



その時は妹が横で漫画を読み耽り、その余りにも真剣な表情に思わず「なに読んでるの?」と聞いたんだ。



妹は「えっとねぇ~…」

と、漫画の題を言った後。





間。







漫画を放り投げる勢いでこちらを向き、「お姉ちゃん!!目を覚ましたんだね!!私がわかる!?看護師さああぁあぁぁん!!」…と、ナースコールを押さずに自ら呼びに行ってしまった。


よほど慌てていたのだろう。


私がポカーンとしていると、看護師さん、担当医と立て続けに私のところに来て、しばらくすると、母が来た。


担当の内科外来から、仕事を抜けて来てくれたのだ。



更にその後…佐倉井くんが、息を切らせて駆けつけてくれた。



母と妹は、佐倉井くんが到着すると、二人してニマニマしながら「じゃあごゆっくり~♪」と手を振り、去っていった。




私は、桜の木の下の出来事が夢ではない…と直感で感じ、赤くなった顔を隠すように俯いた。



すると、俯いた先に、私の好きなハンバーグが詰まったお弁当がある事に気付いた。




病院では普通、病院食が出る。



何故お弁当が…?と私が首をかしげていると、佐倉井くんは、椅子に座ってゆっくりと話し出した。




「この弁当は…神田のおばさんが、お前の意識がない時に、匂いにつられて起きないかしらって毎日神田の好物を詰めて持ってきてたんだよ…



俺、神田と付き合ってもいないのに…何度か来たら、彼氏って事になってて…最後には、弁当食べる係になってた(笑)」



成る程、母と妹らしい早合点だ。




そんな話をしたからか、直ぐに緊張もほぐれて、佐倉井くんと今まで会えなかった分を埋めるかのように、沢山話をした。




どうやら私は、意識が戻らない間、所謂生き霊になっていたらしい。


忍さんは、高校生ながら、有名な除霊師で。


あのままだと悪霊に取り込まれたり、もしくはその場所から離れられずに地縛霊となってしまってもおかしくない状態だったとの事。



明日香が、真剣な目で「このままじゃ良くない」って言った、真の意味が今やっとわかった。




どうやら佐倉井くんには、生き霊だった私の姿も見えず、声も聞こえなかったみたいで。




正直、道祖土に騙されているんじゃないかと思ったよ…



呟く彼に、嘘は見当たらない。








「神田…今日、桜の木の下で俺が言ったこと覚えてるか?」



私は頷いた。




「俺は、返事を聞いてない」





…は?






「すまん、俺には聞こえなかったから、今、ここで返事を貰えないか?」





ええええーーーっっっ!?






私はこの日、同じ相手に、告白を2度するという貴重な経験をするはめになった。




退院してから、私は明日香にお礼が言いたくて…結局、桜の木の下で毎日待っていた。





待ち人は今日も来ない。





毎日この辺をウロウロしてるって言ってたのにな。




佐倉井くんの時といい、また連絡先を聞かずに後悔したが、後の祭りである。






「神田さん」




呼ばれてパッと顔をあげると、そこには忍さんがいた。



「あ、忍さん…明日香にお礼を言いたいのですが…あの、連絡先を知りませんか?」





忍さんは、ちょっと寂しそうに言った。




「明日香は…


………ええと、急に…親の都合で、転校してしまい…


私も、連絡先を、知らないままで…」





がっかりした。



折角、明日香とは…いいお友だちになれるかな?なんて思っていたから。



「そうですか…じゃあ、もしまた何処かで会ったら、ありがとうってお礼を伝えておいて下さい…」




私は、この短い間に、一人の友人を作り、そして失った。

けれどもかわりに、大切な彼氏も出来た。




「わかりました。伝えておきます」




そう言えば、明日香は何故、生き霊だった私を見たり聞いたりする事が出来たんだろう…?




疑問に思いながら、挨拶がわりにと桜の木をひと撫でした時、優しい…優しい風が吹いた。







さよならを告げるように。


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