表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/139

事故

キキキキーッッ



   ン

      ッ

         ッ












……




…………




俺は、何が起きたのかわからなかった。


いや、わかったのだが…頭がそれを理解する事を拒否した。





俺は、恐る恐る車を降りる。


後ろを見ると、若い女が倒れているのが見えた。

そして、彼女の下から、黒い液体がじわじわと広がっていくのも…



夜だから黒い液体に見えるが、どう考えてもそれは、血だ。



女はピクリとも動かない。



続いて俺は、車を確認した。



少し凹んではいたが、目立った外傷はない。


血の付着も…ない。




まわりを見たが、商業ビルの立ち並ぶ交差点で、人影は皆無だった。



その事実が、俺に囁いた。




すなわち、ここから逃げろ、と…




俺は、震える手を懸命に抑えながら、自宅までなんとかたどり着いた。



世田谷区にある俺の自宅は、こういっちゃなんだが普通の家よりちょっとデカイ。


豪邸…とは言わずとも、屋敷と呼べる大きさだ。

というのも、うちはそこそこ名の知れた医者家系であるからだ。



何時もより多目に切り返しながらも、車を車庫に入れた。


助手席に無造作においた分厚い医学書を手にして、車を降りる。




自宅という安心感からか、その頃には手の震えは止まっていた。




たった一人の女のせいで…人生を台無しにはしたくなかった。



これからの俺には、明るい未来と助けるべき命が待っているのだ。


そうだよ、たった一人の命の為に、これから助かる1000人、いや10000人以上の命を犠牲にしちゃいけないだろう?




人を轢いてしまった恐怖は、女に対する怒りに変わっていく。


そもそも、何であんな真夜中に出歩いてたんだ!?

俺は確かに一瞬余所見をしてしまったが、むしろ女が飛び込んできたんじゃないのか!?


何でそんな女の為に、俺の経歴が傷つかなくてはならないんだ!!





……俺は、何も、悪くない。




***




それから一週間は、いつ警察が来るのだろうと怯えて過ごした。



翌日洗車の為だけに車を出したが、それ以外ではなんだかんだ理由を付けて公共機関を利用した。


洗車はいつもガソリンスタンドで手洗いのワックス洗車をお願いするのだが、初めて500円の手動洗車場を使った。


車の下を覗きこみ、黒く変色した血と思われる汚れを、水圧で流していく。


それでも落ちない汚れは手でゴシゴシと擦ったが、一番嫌だったのは、バンパーに絡み残っていた毛髪をつまみとる瞬間だった。


つまんだ瞬間、ぞわわわ、と鳥肌が立つのを感じた。





本当はさっさと車を処分したかったが、事故が起きて直ぐに処分すると、警察の目にとまるかもしれない。

そう考えると、動けなかった。




それから三ヶ月が過ぎたが、警察が訪ねてくる様子はなかった。


半年もすれば、事故った車を処分し、新しい車に乗るようになった。




一年程して、フと思った。


あの事故は、俺がみた夢なんじゃないかと。


もしかすると、あの交差点に行ってみれば、別に花も備えられていなくて、情報提供を呼び掛ける立て看板とかもなくて…



考え出したら、そうとしか思えなくなった。


日本の優秀な警察が、証拠隠滅に長けている訳でもない一般人の轢き逃げを捕まえられないなんて事、あるわけないよな。

人を轢いて、車のダメージがあんな少しで済むわけがない。



そう思い立った俺は、開いていた医学書を閉じ、上に羽織るものをひっつかんで、半年前に買い換えた新しい車に乗り込んだ。




事故現場に向かいながら、俺はあの出来事が夢である事を願った。



あの事件以来、時折思い出したくもないのにあの衝撃を思い出し、そうした時は決まって勉強が手につかなくなるのだ。



出来たら国家試験が迫る前に、解放されたかった。







人から安全運転、と称されるようになったハンドルさばきで事故現場まで、後100メートルほどの距離まで来た。



その時初めて、今の時間が深夜である事に気付いた。


あの時と同じ様に、人っ子ひとりいない。



俺は後ろから車が来ていないのを確認すると、徐行運転よりも更にスピードを落とし、ノロノロと進んでいった。





…残念ながら、そこは花束で溢れていた。


一年ほど前の事件なのに花束が多くないか…?と思ったが、逆に丁度一年という区切りで、また知人達が花を添えに来たのだろう。





立て看板も、しっかり電柱にくくられたままだ。


≪20X3年11月12日、夜10時頃、轢き逃げ事件が発生しました。不審な車を見かけた方は、○○警察署か最寄りの警察署までお知らせください。≫



ああ…やはり夢ではないのか…



期待で高揚していた気分に冷や水をかけられた為か、急に肌寒く感じた。

ぼんやりと視線をずらすと…



5メートルほど離れた電柱にも、立て看板を見つけた。





≪20X1年11月10日、深夜2時頃、轢き逃げ事件が発生しました。不審な車を見かけた方は、○○警察署か最寄りの警察署までお知らせください。≫




どうやら、3年前の同じ頃、やはり轢き逃げがあったらしい。




…犯人は、俺と同じ気持ちなんだろうな…




そう思って交差点をふと見ると、信号を渡った向かいにも立て看板と花束が添えられているのが見えた。




気になって、思わず確認しに行くと…




≪20X2年11月20日、夜11時頃、轢き逃げ事件が発生しました。不審な車を見かけた方は、○○警察署か最寄りの警察署までお知らせください。≫



まさか、と思った。



3年連続、この交差点では誰かが轢き逃げされているらしい。




それに気付いて、むしろ俺は笑ってしまった。



「マジかよ…轢き逃げっつーより…ここって自殺の名所なんじゃねぇの?」




そう考えると、女がいきなり飛び出してきたのも頷ける。



だとしたら、俺は…被害者だ。




俺は、スッキリとした気持ちで停車していた車に乗り込んだ。




エンジンをかけようと、キーに手を伸ばした時…






バンッ







物凄い音が、助手席の方でした。





驚いて左を向くと…













頭から顔まで血まみれの


女が



助手席の窓を



叩いていて…







バンッバンッバンッ





血の手形が、窓に増えていく



バンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバンッバ




「うわあああぁぁぁっっっっっっ」





俺は、逃げようとして…運転席から道路に飛び出した。










キキキキーッッ



   ン

      ッ

         ッ












……




…………







俺は、対向車に轢かれた。




まだ、意識はある。





早く、救急車を呼んでくれっっ!






対向車を運転していた男が言った。



「くそぅ…もうすぐ選挙だってのに、こんな…」




「なんだって、いきなり飛び出してきたんだょコイツ…」




「誰もいない、か…」






ちょっと待ってくれよ!

俺はまだ生きてる!


今ならまだ…





「俺は…悪くない」





救急車を…














翌日、新たな立て看板が、その交差点に増えていたという。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ