ヒッチハイク
私はしばらく、右手をあげていた。
手の形は、親指だけ上に向けて立てている状態である。
所謂、ヒッチハイクをはじめて10分は経過しただろうか。
結構な車が前を通り過ぎたが、どの車も見向きもしなかった。いや、見ても見ないフリをした。
やはり、物騒な世の中になってきたからだろうか…
いい加減腕も疲れ、諦めて少し徒歩で頑張るか、と思った時に、一台のトラックが停止してくれた。
「おぅねーちゃん、乗ってくか?」
「お願いします」
体格がよく、無精髭を生やした男が、タバコを口にくわえたまま聞いてきた。
私は即、返事をした。
「ねーちゃん、名前は?」
「アン」
「何処までいくんだ?」
「センチュリーシティまでお願いしたいのですが」
「あーんな何もないところでいいのか?」
「はい、知り合いがいるので」
「あそこは初めてかい?なーんか、薄気味悪い街なんだよなぁ…排他的って言うか…と、こんな話したらねーちゃんが嫌だよな、すまんすまん」
「大丈夫ですよ、お構い無く」
男とたわいもない話をしながら、トラックは走り続けた。
「このトラックは、何を乗せているんですか?」
「酒だよ、酒。あ~、こんだけありゃあ浴びる様に飲めるのに、悲しいかな、運ぶだけさ」
「このミラーにぶら下がってる骸骨のキーホルダー可愛いですね、何処で買ったんですか?」
「あ~…これは、人からもらったんだよ」
徒歩では到底着けないが、車ではさほどかからないところに、センチュリーシティはあった。
「ねーちゃん、センチュリーシティはもうすぐなんだが、手前の町でガソリン入れてくぜ」
「はい」
男は慣れた手つきでガソリンを入れ、小銭を持って、スタンドショップに入って行った。
戻ってきた男の両手にはカップが二つ握られており、片方をアンに「ほら、これでも飲みな」と言って、渡してくれた。
「ありがとうございます」
アンは有り難く受け取った。
トラックは再び走り出す。
「あの、センチュリーシティに行ったことはあるんですか?」
男が言った、センチュリーシティの前評判がやはり気になったのか、アンは尋ねた。
「ああ、あるぜ。といっても、今みたいにガソリン入れる程度だけどな!なんだか辛気臭くて、長居する気にはなれねーんだよなぁ…普段トラックで寝泊まりするし、たまにベッドが恋しくなる様な長距離でも、あそこにゃ泊まらん」
「そうなんですか」
会話は一旦そこで止まり、男が飲み物を啜る音が響いた。
「おぅ、ねーちゃんは飲まねぇのかい?」
アンがずっと飲み物に口を付けないので男が促すと、アンは「すみません…コーヒーが苦手で…」と言った。
「そりゃあ逆にすまなかったなぁ!」
「飲まれます?」
アンは男にカップを渡そうとしたが
「いや、俺はホットしか飲まねーんだよ」
と言って、カップを受け取らなかった。少し、気分を害されたらしい。
しばらく無言のまま時間は経過し、センチュリーシティに付く手前でアンは男に声を掛けた。
「あの…私の知り合いが酒屋をやっているので、良かったら…お世話になったお返しに、浴びる程とは言えませんけど」
アンがおずおずとお酒を奢る、と言い出したのに、男は上機嫌で答えた。
「おぅ、いいのかい?わりーなぁ、逆に」
男は自ら寄り付かなかった町に、酒の力であっさり長居する事を決めた。
***
センチュリーシティ。
その町の一角にある酒屋で、睡眠薬入りの酒をたらふく飲んで、ぐでんぐでんに酔った男がひっくり返っている。
「おおぃ、見つかったぞ!!」
町の者の声で、アンは酒屋を走り出て、トラックに駆け寄った。
トラックの荷台には、大量の酒と、大きなビア樽がいくつか詰め込まれていたが、町の者が皆でビア樽の中身を確認したところ、中にはセメントが満タンに入っていた。
男達が力をあわせてセメントを砕くと…
見知った女性の遺体が3体と、知らない女性の遺体が1体出てきた。
アンは、トラックの中のミラーにぶら下がってる骸骨のキーホルダーを手に取り、「やっぱりこれは貴女のだったのね…」と、呟いた。
センチュリーシティは、さびれた田舎町だ。
そんな田舎町では、町の者が一致団結して、旅行客や物資の獲得を行っていた。
即ち
町の若い女性にヒッチハイクをさせるのだ。
普通車であれば、センチュリーシティに宿泊させる。
トラックであれば、その物資は全て町の者でわけあった。
町の者全員が協力する為、仮に警察が行方不明者の捜索で立ち寄っても、素通りだった。
ところが、最近。
仕掛人である、若い女性が3人も立て続けに、行方不明になったのである。
アンは、コーヒーが出てきた時に、これに何かが仕込まれていると察知した。
何故ならば、それは普段…センチュリーシティに戻ってきたアンが使う手口だったからだ。
さて。
センチュリーシティに寄ったのがトラックであれば、その物資は全て頂く…という事は、運転手達はどうなるのか?
様々な形で、売られる。
勿論、今回3人もの町の者を殺した男も、例外ではない。
突っ伏した男を囲みながら見下ろして、誰ともなく囁いた。
「さて…こいつはどう処理しようかね?」