都市伝説
私が鍵で扉を開けると、俊樹が先にするりと家の中に入った。
靴を揃える事もなく、脱ぎっぱなしにし、真っ直ぐにリビングに向かって、ひとつしかないソファーにどっかりと座った。
自分の家に帰ったかのような態度に私は呆れながら、注意する。
「ちょっと、あんまりべたべた触らないで」
「相変わらず、潔癖症だなぁ」
俊樹は大袈裟に肩を竦めた。
私は当然の事を言っただけなのに、潔癖症と言われて少し憮然とした。
けれども私はその時、ブルー系の家具で統一された部屋の電気がついたままだった事に気付いた。
「あれ…?」
私が首を傾げていると、俊樹が
「なぁ、有名な都市伝説なんだけど、知ってる?」
といきなり変な話題を振ってきた。
私はホラーとか怖い話が苦手なので、内容も聞かないまま「知らない」と答えたが、俊樹は続ける。
「女二人が、どっかの部屋にお泊まりするわけ。
で、鏡を見ていた女がいきなり、アイスクリームを食べたいとか言って。
二人で外に出るんだけど、実は鏡には、知らない男が斧だか包丁だかを持って、ベッドの下に潜んでいた、って言う話。
鏡を見ていた女の機転で、二人とも助かった、っていう話なんだけど」
「どうしたの、いきなり。私、怖い話とか苦手なんだけど」
私はキッチンに移動しながら抗議した。
「いやま、こういう都市伝説って、語られる間に、色々変化を遂げるんだろうな~って思ってさ」
私には、俊樹の意図がわからなかった。
「悪いけど、怖い思いはもう十分です」
暗に、もう止めてと伝えたつもりだったのに、俊樹はまだ続ける。
「それってさ、男の家で男が主人公だったら、大分話が変わってくるよな」
「…どういう意味?」
「つまり、男が自宅で寛いでると、いきなり鍵を開けられて、中に他人が入ってくるわけさ。
驚いた主人公は、咄嗟に携帯を握りしめて、ベッド下に隠れ、警察を呼ぶ。
すると、パトカーのサイレンに驚いた他人は、急いで部屋を後にし、男は無事に助かった、という訳」
何となく、俊樹が何を言いたいのかわかってきた。
「赤の他人は、何で部屋に入ってこれた訳?」
「先に合鍵をゲットしてたのさ」
「赤の他人は、何で男の部屋に侵入した訳?」
「男に復讐したかったからさ」
「赤の他人は、何で男が部屋にいる時に入ってきた訳?」
「男がいないと思っていたからさ」
「赤の他人は、男を見つけたらどうするつもりだった訳?」
「男を殺すつもりだったのさ」
「男は今、何処にいる訳?」
「俺の後ろのクローゼットの中さ」
それを聞いた私は、俊樹の後ろにあったクローゼットを勢いよく開けた。
クローゼットの中には、ガタガタ震えながら携帯を握りしめているこの部屋の住人がいた。
「あら、バイト中じゃなかったの?」
私はにっこり笑いながら、自分をレイプした男に話し掛け…
キッチンで手に入れた包丁で、腹を刺した。
「おま…お前…」
男は目を見開いたまま、直ぐに絶命した。
「やっぱり、俺が出る幕なかったな」
俊樹はソファーから立ち上がりながら言ったが、私はそんなことないよ、と返した。
「俊樹がコイツに気付いてくれたから、スムーズに殺せたんだもの。ありがとう」
男の力で抵抗されても危ないから、俊樹に来て貰ったのだが、別の意味で助かった。
部屋の電気が付いていた時点で、男がまだ部屋の中にいるかもしれないと、私も気付くべきだった。
パトカーのサイレンが近づいてきた。
「うわ、マジでこいつ、警察呼んだのかよ」
俊樹が死んだ男に蹴りを入れた。
「俊樹、あまり証拠が残ることしないで」
私達は、男の部屋を後にした。