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カーナビ

その四人乗りスカイラインは、大雨の中、山道を丁寧に、けれども軽快に走っていた。



ワイパーはこれでもかというほど右へ左へ水をかきながら忙しなく動き、運転している男はその合間から覗く景色を捉える事に集中している。



バックミュージックである筈の邦楽は大雨でその音がかきけされ、耳に入ってくるメロディラインは途切れがちである。



その、メロディラインが途切れた瞬間を狙って、後部座席に座る男が運転している男に

「カーナビを付けられていないなんて、珍しいですね」

と、山道に入ってからの沈黙を破って、声を掛けた。



「ええ…前は付いていたのですが、一ヶ月前に怖い思いをしてから…外してしまいました」



「カーナビと何か関係が?」



「はい。では、目的地に向かいながら、話しますね」




助手席に座る俺と、後部座席に座る女は、そんな二人のやりとりをただ聞いていた。




***




あれは、一ヶ月前の事です。



私は、友人と二人で川釣りをしようと、長野県のペンションに、この車で向かいました。



ええ、普段は日帰りが多いのですが、もうすぐアマチュアの釣り大会が近く、たまたま連休だったので、泊まりにしたんです。



初めて泊まるペンションだったので、私はカーナビにそのペンションを目的地として入力し、出発しました。



始めは順調でした。



けれども、山道に入った時に、今みたいな大雨に見舞われました。




10メートル先もよく見えない中、カーナビを頼りに進みました。



因みに、カーナビの音声は女性の声のタイプでした。



ところが、あるカーブにさしかかった時に…



いきなり、カーナビが映らなくなったんです。



初めての事で、驚きました。



そして、





「真っ直ぐです」


と、音声案内だけがされたんです。




私は、違和感を感じました。


「カーブです」


なら、いいんです。

もしくは、よく信号曲がった後に、


「およそ5キロメートル先右折、それまで真っ直ぐです」


とかでも、わかります。



けど、けどですよ?



真っ直ぐ道なりの一本道の山道で、いきなり真っ直ぐです、というのはおかしくないですか?





後、何よりも感じた違和感は




男の声、だったんです。





私は真っ直ぐです、と言われた直後にブレーキをかけて、徐行運転以下に減速しました。




目の前には




ヘアピンカーブが、続いていました。





私達は驚いて顔を見合わせました。





するとまた、カーナビが言ったんです。










男の音声で














「お り ろ」




と…




私は恐怖にかられ、その場から逃げ出したくて、車を急発進させました。


ところが、その一瞬前に…


同じく恐怖にかられた友人が、発狂した様な奇声をあげて、車から飛び出したんです。





それは一瞬の事でした。





私は今度は急ブレーキをかけ、そのままバックしました。



本当は車を発進させ、戻りたくはありませんでした。



けれども、私にわずかに残っていた理性が、友人を救えと言ったんです。

それと同時に、バックで戻るなんてそんな危険な事をしてしまう位、外には出たくありませんでした…



バックして、友人が飛び出した場所まで戻りました。




友人はいませんでした。


慌てて携帯に電話をかけましたが、車の中に置いていった、友人の荷物の中からメロディが流れるだけでした。




私は、直ぐに警察に電話をしました。


電話は繋がりました。


とにかく友人がいなくなった事を伝え、正常に戻っていたカーナビの画面から現在地を伝え、逃げ出したい思いを懸命にこらえて、警察が来るまで待ちました…





友人は結局、見つかりませんでした。



私は一番に警察に疑われましたが、直ぐに警察に連絡をしたのが良かったのでしょう。


また、逃げ出さずに警察が来るまでその場で待ち続けたのも良かったのでしょう。




カーナビの話は信じて貰えませんでしたが、現場検証の結果、急発進急ブレーキの跡がしっかりと残っていたという事と、友人の荷物が私の車に積んであったので、友人がいなくなった、という部分は信じて貰え、一先ず捜索される事になりました。




現在も捜索は続いています…




***




「それをきっかけに、私はカーナビを外してしまいました」




俺は、話を聞いていて、助手席に座っているのが嫌になってきた。


それに、さっきからなんだか悪寒がする…



「お前、そういう話は俺が助手席に座る前に言えよ!」



俺は極力明るく振る舞って運転席の男にそう言った。

俺の言葉に反応してくすくす笑ったのは後部座席に座る女だけで、運転席の男は真顔で前を見たまま続けた。





「カーナビを外して、今まで通りになったかと思っていたら…それ以来、助手席に座った家族や友人が必ず具合が悪くなって」



「お前、ホントマジ勘弁!この悪寒ってその前兆かよ!」



また、女だけが俺を見た。



「だから、貴女の話を聞いて、新しい車を買うよりも…貴女になんとかして頂く方が、安く済むかな、と思って」



「まぁ、そうかもしれませんね」



初めて、女が口を開いた。俺の顔を真っ直ぐに見て…




「着きました。ここが、友人がいなくなった場所です」




***




「では、鑑定お願い出来ますか?ええと…」



「さいどしのぶ。道祖土と書いて、さいどと読みます。」



「あはは、珍しくて、名刺見ても読めませんでした。…で、やっぱり何か憑いていますか?」



「憑いているも何も、ずっと助手席に座っていました。

楽しい方で、生者に危害さえ加えなければ…強制はしたくないところですが、仕方ありません」




俺は、冷や汗が止まらなかった。




「貴方の友人の方は、引っ張り込まれました。

こうなっては、もう駄目ですね…」




女は最初、憐れむような眼で俺を見ていたが、獣の様な眼に変わった。




獲物を捕らえるような…狩るような、その眼。







「貴方を、除霊致します」








真っ直ぐに俺を見て、道祖土忍はそう言った。

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