ドッキリ大作戦
俺は金沢航平。
芸名は、金澤皓だ。
そこそこ人気のお笑い芸人をやっている。
働き盛りの40歳。
18歳でデビューしてから、ラッキーな事に25歳でブレイクし、一発屋にならずに、以来なんとか地方の看板番組を3本とラジオ番組を1本、その他地方公演やなんかでコンスタントに食べていく事が出来ている。
当然、浮き沈みの激しいこの業界。
焼肉屋や飲み屋も5店舗程経営していて、そちらの売上もまずまずといったところだ。
プライベートでは、30歳で女優の原満智子と結婚し、1男1女の子供達に恵まれて幸せの絶頂だった。
そう、「だった。」はずだ…
***
俺はその日、病室で目覚めて、驚いた。
「どこだ?ここは…」
昨日は確か、ラジオ番組の収録があって、その後はマネジャーがテレビ番組の打合せするからって…
いや、駄目だ。
これ以上思い出せない。
俺は、ぐるりとその病室を視線だけで見回した。
個室で、二人がけのソファーがひとつ、小さいテーブルがひとつ、折り畳み式の椅子がひとつ、移動式の引き出しの付いた机がひとつ、小さなクロークがひとつ、後はテレビや洗面器、冷蔵庫が備え付けられている。
一体何があったんだ?
…俺は、事故にでもあったんだろうか?
頭に手をやったが、包帯が巻かれている感触はなかった。
点滴なんかも、置いてある様子はない。
俺は、ベッドから体を起こした。
そのまま、記憶を手繰りよせようとボーッとしていると。
ノックがした。
「はい」
返事をすると、看護師が中に入ってきた。
「おはようございます、金沢さん。調子は如何ですか?」
いや、調子も何も、この状況説明からしてくれよ。
「ここはどこですか?」
「永井病院ですよ」
やっぱり、病院だったか。
「マネジャーを呼んで貰えますか?」
まず仕事が気になった。
俺は一体、何日寝ていて、何日仕事を潰したんだろう?
「…それが、ちょっと都合が悪くて来られないみたいです」
看護師は、困った様な表情を浮かべて目をそらした。
マネジャーが来れない?まさか俺は、干されたのか!?
一瞬、ビビったが…次の瞬間、カラクリに気付いた。
俺は、過去に何回かお笑い芸人の必須科目であるドッキリに引っ掛かっている。
その時も、マネジャーも仕掛人として絡んでおり、俺の前から姿を消したのだ。
俺は、最初のドッキリで赤っ恥をかいてから、どんなドッキリにも引っ掛かるまいと、結構手の込んだドッキリにも鼻が効くようになっていた。
ドッキリのオチはなんだ?
看護師のささいな仕草にも目を光らせながら、考えた。
昨日、マネジャーと夕飯を食べた時に、恐らく眠らされたんだろう。
気付けば病院、というこの状況をどう打破するか、を試されているのか?
「娘さんなら、いらしてますよ」
看護師が言った。
「お父さん、起きたのね」
娘…が入ってきた。
ちょ!!(笑)
うちの娘はまだ5歳なんだが…
目の前には、明らかに40歳を越えたオバチャンがいた。
…俺と同い年位じゃないか?
ここは「あんた誰だ」と言うべきか、それとも娘ということにしておくべきか。
…もしかして。今回のドッキリは、俺が別人として扱われるパターンか?
前回のドッキリでは、朝起きて鏡をみたら、自分がお化けになっていたんだ。
勿論、特殊メイクで。
もしかして、今回は、別人の…老人の顔になってるんじゃないか?
そう思って、娘を無視し、洗面器の上に取り付けられている鏡まで歩いて、それを見た。
案の定。
俺の顔は、老人の顔になっていた。
そこに、医者と思われる男が入ってきた。
恐らく、医者役であり、医者ではないのだろう。
「これ、よく出来てますね」
俺は、冷静にマスクを引っ張った。
「…とれない」
娘役は笑って言った。
「当たり前じゃない、お父さん」
俺は、自分のマスクを引っ張っている腕を見て愕然とした。
そこには、血管の浮き出た老人の様な腕があった。
触ってみたが、間違いなく自分の腕だった。
…なんだ、これは!!
ドッキリでここまでやるのか!?
それとも…
「…おい、俺の体に…何をした」
俺は、戦慄しながら医者役に話し掛けた。
いや、医者かもしれない。
人体実験でもされたんじゃないか、と思うほどの、体に対する違和感。
体が弄られてないなら、自分の脳味噌が老人の体に移動されたんじゃないか、と思うほどの違和感。
「体には、何もしていませんよ。ただ、貴方の脳は…」
「うあああああ!!」
最後まで、聞きたくなかった。
いくら俺がお笑い芸人だと言っても、やりすぎだ。
マネジャーも、一体なんでこんな仕事を引き受けたんだ?
人体実験をする番組が許されてたまるか!
そもそも、本当に番組が俺をこんな目にあわせたのか!?
ぐちゃぐちゃした心のまま俺は…目の前の医者に、飛び掛かった。
***
「すみません、先生」
「いえ、娘さんが謝る事ではありませんよ」
「脳の病気とはいえ、先生につかみかかるなんて…」
「アルツハイマーと似た脳障害なので…今日起きたことも、明日また忘れられているでしょう。すみません、今の薬では進行を遅らせる事しか…」
「もう80になるので、治らなくても仕方がないとは思います…私を娘と認識してくれない事は、悲しいですが」
「本人が一番辛いと思います。毎日毎日、知らない環境を繰り返すわけですからね」
「そうですね。昨日も、今日も…そして明日も、自分が現役の芸人だと思い込んで、老いた自分を受け入れられない日々が続くのかと思うと…」
俺は金沢航平。
芸名は、金澤皓だ。
そこそこ人気のお笑い芸人をやっている。
俺はその日、病室で目覚めて、驚いた………