表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/139

思い込み

女性の声がした。


「貴女、女子高生ね?こんなところでこんな時間に、何やってるの?」


かったるそうに声がした方を見上げると、腕に腕章を付けた女性と中年の男性が、ぺたり、と地面に座り込んだ自分を囲んで見下ろしていた。


招かれざる客である。


自分の待っていた、客ではない。


「あたしぃ~、制服着てるだけでぇ~、ハタチ過ぎてるけどぉ~?」


「…免許証とか、ある?」


「これぇ~」


自分の顔写真が載ったそれを渡すと、女性と中年男性は一緒に確認をし、苦虫を噛み潰した様な顔で免許証を返してきた。


「…紛らわしいこと、しないで下さいね?後、ここは公道です。大人なんですから、公道では座らない様に」


その二人は補導相手を間違えた事を隠す様にそう言うと、その場から離れていった。




***




去って行く二人の後ろ姿を眺めながら、にんまり笑った。


ハタチを過ぎても、高校の制服を着ているだけで女子高生に見えるなんて、自分もまだまだ捨てたもんじゃない。


今日は、先程の二人だけでなく、何人からか声を掛けられていた。



また暇になり、派手なデコが施された携帯を再度弄る。



携帯サイトのトップページに飛ぶと、様々なニュースが羅列されている。

野球の優勝チーム、行方不明者達の公開捜査、殺人事件の判決、ノーベル賞の受賞、アイドルのオリコン結果…


どれも、自分とは遠い世界の話で興味はなく、メイクの検索をしようとしたが気が削がれ、サイトを閉じてメールを立ち上げる。



宛先は、友人であるマミだ。



『マミの言ってた通り、マジで制服効果すげー(*≧m≦*)


今まだカモ待ち~』



直ぐに返信が来る。



『ナミの好みじゃなくても、多少は妥協しろよ』



その文面からは、自分が選り好みをしている事が、マミにはお見通しである事が窺える。




ナミは、昨日マミから成功した金の稼ぎ方を実践していた。



狙うのは、交番勤務のお巡りさん。

当然、独身で女縁のなさそうな男がターゲットである。


大事なのは、しおらしく振る舞う事。

いつも問題児ばかり相手にしているお巡りは、従順に振る舞うだけで好感度が簡単にアップする。

また、警官というだけで普段抑圧された生活を送っているため、羽目を外したいという想いは普通のサラリーマンより強い。


高校生と偽り、関係を持つ。

持ったら後は簡単だ。

相手を困らせない程度に、可愛らしく、小遣いを貰っていくのである。




二人とも、高校卒業後は家を出て、決まった寝床のないその日暮らしをしていた為、一気に入る大金よりも、決まった寝床と定期的な小遣いを求めていた。




ナミは、声を掛けてくる補導員や警官やサラリーマンに対して、好みでなければハタチ以上と打ち明けスルーしていた。


しかし、そんなナミの性格をマミは熟知している様で…





マミの忠告もある事だし、そろそろ決めないと…



そう思った時、また声を掛けられた。



「ちょっとキミ、高校生だよね?こんな時間に外にいるなんて危ないよ?」




上から降ってきたその声に反射的に顔をあげると…良くはないが、悪くもない、といった、ごく普通の容姿の男がいた。



お巡りの制服を着ている。


見た感じ、気弱そう。






カモ、発見。


心の中でそう呟くと、ナミは「ごめんなさぁい~」と言いながら立ち上がった。




「友達と約束してたんですけどぉ…すっぽかされたみたいでぇ~」



困った顔を作り上げ、ツケマで盛った睫毛をぱちぱちと動かし、下から男を見上げる。




男は緊張したのか、吃りながら言った。



「と、とにかく、こんなところにいたら、どんな奴等に、目をつけられるか、わ、わからないよ、交番に行こうね?」


交番なんかには行くつもりはない。行くのは、ホテルか男の寝床である。



「お巡りさぁん、今日だけぇ。今日だけは見逃してぇ?明日なら大人しくついていくからぁ…」


「そんな訳にはいかないよ、さぁおいで?」


「私、逃げませんよぉ~…嘘じゃない証拠に、一晩お兄さんと、一緒にいるぅ~」



男の腕に絡み付いた。




男の喉仏が、ごくん、と上下に動いたのを確認したナミは、ほくそ笑む。




二人でそのまま、男の家に向かった。



「最近物騒だからね、あまりそんな格好で夜中まで外にいない方がいいよ?」



男は帰路の間、ずっとナミを諭す。


お巡りたる所以か…


ナミは多少辟易しながら、それでも笑顔で応えた。


「その時はぁ~お巡りさんに助けて貰うから、大丈夫ぅ~♪」



男はナミの絡み付いた腕をほどく事はせず、



「参ったな…」



と言いながら、頭をポリポリ掻いていた。



お巡りは、自分を女子高生と信じて疑ってないらしい。


何処の高校に通っているのかとか、高校生活はどんなものかとか、部活は何に入っているのかとか、聞いてきた。


それらに適当に答えながら、制服による男の思い込みに内心笑った。






しばらくすると、男の家に着いたようだ。



しかしそこは、小綺麗なマンションでも、古くさいアパートでもなく…





「倉庫?」





ナミが思わず後退りすると、後ろにいた男にぶつかる。



「こんなとこに住んでるのぉ~?」


「まさか」




男はくっと笑い…何処から取り出したのか、手にしたロープをピンと張った。


ナミは流石に異常に気付いた。



男が話し出す。




「女子高生ってさぁ、本当に馬鹿だよね。


今までの女、誰一人疑いもせずにひょいひょいついてきて…」



ナミは、最近のニュースの一つ、行方不明達の公開捜査を思い出した。あれらは皆、女子高生ではなかったか…



「お前は特にな。普通は、交番以外に行こうなんてなかなか納得しないのに、まさか自分から言い出すとは…


しかも、お巡りである男が出勤中に、連絡もしないで家に帰るか?


着替えもせずに?


有り得ないだろ、間抜けすぎるっての…」



いや、この男は警官なはず…女子高生を懲らしめるだけで…あの事件とは流石に関係ないはず…




「それよりもさ、人間の思い込みって…凄いよな。







俺が警官の制服着てるだけで、誰も警官じゃないかもしれないなんて、疑わないんだから…」







それが、ナミが最期に聞いた言葉だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ