思い込み
女性の声がした。
「貴女、女子高生ね?こんなところでこんな時間に、何やってるの?」
かったるそうに声がした方を見上げると、腕に腕章を付けた女性と中年の男性が、ぺたり、と地面に座り込んだ自分を囲んで見下ろしていた。
招かれざる客である。
自分の待っていた、客ではない。
「あたしぃ~、制服着てるだけでぇ~、ハタチ過ぎてるけどぉ~?」
「…免許証とか、ある?」
「これぇ~」
自分の顔写真が載ったそれを渡すと、女性と中年男性は一緒に確認をし、苦虫を噛み潰した様な顔で免許証を返してきた。
「…紛らわしいこと、しないで下さいね?後、ここは公道です。大人なんですから、公道では座らない様に」
その二人は補導相手を間違えた事を隠す様にそう言うと、その場から離れていった。
***
去って行く二人の後ろ姿を眺めながら、にんまり笑った。
ハタチを過ぎても、高校の制服を着ているだけで女子高生に見えるなんて、自分もまだまだ捨てたもんじゃない。
今日は、先程の二人だけでなく、何人からか声を掛けられていた。
また暇になり、派手なデコが施された携帯を再度弄る。
携帯サイトのトップページに飛ぶと、様々なニュースが羅列されている。
野球の優勝チーム、行方不明者達の公開捜査、殺人事件の判決、ノーベル賞の受賞、アイドルのオリコン結果…
どれも、自分とは遠い世界の話で興味はなく、メイクの検索をしようとしたが気が削がれ、サイトを閉じてメールを立ち上げる。
宛先は、友人であるマミだ。
『マミの言ってた通り、マジで制服効果すげー(*≧m≦*)
今まだカモ待ち~』
直ぐに返信が来る。
『ナミの好みじゃなくても、多少は妥協しろよ』
その文面からは、自分が選り好みをしている事が、マミにはお見通しである事が窺える。
ナミは、昨日マミから成功した金の稼ぎ方を実践していた。
狙うのは、交番勤務のお巡りさん。
当然、独身で女縁のなさそうな男がターゲットである。
大事なのは、しおらしく振る舞う事。
いつも問題児ばかり相手にしているお巡りは、従順に振る舞うだけで好感度が簡単にアップする。
また、警官というだけで普段抑圧された生活を送っているため、羽目を外したいという想いは普通のサラリーマンより強い。
高校生と偽り、関係を持つ。
持ったら後は簡単だ。
相手を困らせない程度に、可愛らしく、小遣いを貰っていくのである。
二人とも、高校卒業後は家を出て、決まった寝床のないその日暮らしをしていた為、一気に入る大金よりも、決まった寝床と定期的な小遣いを求めていた。
ナミは、声を掛けてくる補導員や警官やサラリーマンに対して、好みでなければハタチ以上と打ち明けスルーしていた。
しかし、そんなナミの性格をマミは熟知している様で…
マミの忠告もある事だし、そろそろ決めないと…
そう思った時、また声を掛けられた。
「ちょっとキミ、高校生だよね?こんな時間に外にいるなんて危ないよ?」
上から降ってきたその声に反射的に顔をあげると…良くはないが、悪くもない、といった、ごく普通の容姿の男がいた。
お巡りの制服を着ている。
見た感じ、気弱そう。
カモ、発見。
心の中でそう呟くと、ナミは「ごめんなさぁい~」と言いながら立ち上がった。
「友達と約束してたんですけどぉ…すっぽかされたみたいでぇ~」
困った顔を作り上げ、ツケマで盛った睫毛をぱちぱちと動かし、下から男を見上げる。
男は緊張したのか、吃りながら言った。
「と、とにかく、こんなところにいたら、どんな奴等に、目をつけられるか、わ、わからないよ、交番に行こうね?」
交番なんかには行くつもりはない。行くのは、ホテルか男の寝床である。
「お巡りさぁん、今日だけぇ。今日だけは見逃してぇ?明日なら大人しくついていくからぁ…」
「そんな訳にはいかないよ、さぁおいで?」
「私、逃げませんよぉ~…嘘じゃない証拠に、一晩お兄さんと、一緒にいるぅ~」
男の腕に絡み付いた。
男の喉仏が、ごくん、と上下に動いたのを確認したナミは、ほくそ笑む。
二人でそのまま、男の家に向かった。
「最近物騒だからね、あまりそんな格好で夜中まで外にいない方がいいよ?」
男は帰路の間、ずっとナミを諭す。
お巡りたる所以か…
ナミは多少辟易しながら、それでも笑顔で応えた。
「その時はぁ~お巡りさんに助けて貰うから、大丈夫ぅ~♪」
男はナミの絡み付いた腕をほどく事はせず、
「参ったな…」
と言いながら、頭をポリポリ掻いていた。
お巡りは、自分を女子高生と信じて疑ってないらしい。
何処の高校に通っているのかとか、高校生活はどんなものかとか、部活は何に入っているのかとか、聞いてきた。
それらに適当に答えながら、制服による男の思い込みに内心笑った。
しばらくすると、男の家に着いたようだ。
しかしそこは、小綺麗なマンションでも、古くさいアパートでもなく…
「倉庫?」
ナミが思わず後退りすると、後ろにいた男にぶつかる。
「こんなとこに住んでるのぉ~?」
「まさか」
男はくっと笑い…何処から取り出したのか、手にしたロープをピンと張った。
ナミは流石に異常に気付いた。
男が話し出す。
「女子高生ってさぁ、本当に馬鹿だよね。
今までの女、誰一人疑いもせずにひょいひょいついてきて…」
ナミは、最近のニュースの一つ、行方不明達の公開捜査を思い出した。あれらは皆、女子高生ではなかったか…
「お前は特にな。普通は、交番以外に行こうなんてなかなか納得しないのに、まさか自分から言い出すとは…
しかも、お巡りである男が出勤中に、連絡もしないで家に帰るか?
着替えもせずに?
有り得ないだろ、間抜けすぎるっての…」
いや、この男は警官なはず…女子高生を懲らしめるだけで…あの事件とは流石に関係ないはず…
「それよりもさ、人間の思い込みって…凄いよな。
俺が警官の制服着てるだけで、誰も警官じゃないかもしれないなんて、疑わないんだから…」
それが、ナミが最期に聞いた言葉だった。