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無言電話

俺は、大学卒業と同時にベンチャー企業を立ち上げた。



幸いにも人脈に恵まれ、俺の右腕とも言える、大学時代からの恋人のミホと上手く二人三脚で実績を築き、目まぐるしい毎日を送る中で会社はどんどん成長していった。



30近くなり、お互いがそろそろ結婚を意識する様になった頃、ちょっとした問題がおきた。




俺はどちらかというと裕福な家庭に育っていたが、ミホは両親が小さい頃に離婚をし、母親が水商売をして育てた娘だった。



両親は、ミホと家庭を築く事に難色を示した。




そんな頃に降って湧いた話が、今の妻である佐紀子との見合い結婚である。


いや、佐紀子は当時、俺の会社で、一番の上得意である会社の社長の娘であったから、むしろ政略結婚と言った方がいいかもしれない。



ともかく、俺は対して悩む事なく、ミホを切った。

そして彼女がいなくなったことに不便さを感じたのは、プライベートよりも仕事に対してだった。


ところがそれも、彼女の変わりにと他の会社からヘッドハンティングをした人物が見事な手腕を発揮し、そのうちにミホがいなくても問題はなくなった。





ミホに比べて、佐紀子はつまらない女だった。


俺は当たり障りなく彼女と家庭を築いたが、そこには愛情よりも義務感が優先していただけの事だった。



それでもミホと元サヤに戻らなかったのは、彼女は半分ストーカーじみた事をする様になり、それには嫌気がさしたからだ。




ミホは、もっとサバサバした性格だと思っていたが、それは俺の勘違いだったらしい。




***




始めは無言電話だった。


俺の携帯は勿論、新居にも電話はかかってきた。


佐紀子が出ると直ぐに切るが、俺が出ると無言のままだった。



警察沙汰にはしたくないが、このままでは義父に対して示しがつかない――そう考えた俺は、一度だけミホと会って話す事にした。


最悪、手切れ金でも渡してなんとかしようと考えていた。




ある日、またいつもの様に、電話がかかってきた。



俺は、相手がミホであると確信しながら、受話器の向こうに話し掛けた。



「来週の金曜、夜に、お前の家に行く」



今迄は何の反応もなかった受話器の向こうから、しっかりした…美しい声が聞こえた。


「……わかった」



それは美しい声であるにも関わらず――ミホは俺を怨んでいる、と一瞬でわかるような、暗く濁った、声だった。



事情を知っている佐紀子には、勘繰らせない為にきちんと前もってミホの家に話をつけに行く、と話しておいた。


彼女を安心させる為に、自分の部下も一緒だ、と更に付け加えて。




金曜日。俺は、ミホの代わりに働くようになった男を連れて、ミホの家を訪れた。


インターホンを押したが、出てこない。



……おかしいな。



ドアを操作すると、それは音もなく開いた。



部屋の中は、明るい。



――何処かに隠れているのか?



俺は、十分に警戒しながら、中に入って行った。




俺が部屋の中に入って直ぐ、携帯が鳴り出した。



ミホからだ。



俺がそれに出ると、ミホの陽気な声が聞こえた。



「ごめんごめん、急にアイス食べたくなってさ~、コンビニ寄ってた♪」



俺は、ミホの気ままな性格を思い出して苦笑した。



「今、丁度マンションから見えるトコいるよ~♪窓から顔出してよ!」



ソファーに座っていた俺は動くのも面倒で、部下に手で合図をして窓を開ける様に指示した。




……したのが、間違いだった。





「うっ!!」



部下の声に驚き、窓を見た時には、そこには誰もいなかった。



ドスン、と音がする。



……まさか。




慌てて窓に駆け寄り、下を見ると……




遥か下のマンションの花壇に、二つの人影が重なって倒れているのが見えた。





――それからの騒動は、思い出したくもない。



下で死んでいるのは、部下とミホだった。


ミホは屋上から、部下を巻き込む形で飛び降りたのだ。





部下を俺だと、間違えて……





***




結局、ミホの件は警察が介入することで、佐紀子の父…義理の父にも、知れる事となった。



幸いだったのは、義理の父に逆らって、佐紀子が俺と離婚をしなかった事だ。




俺は、また大事な右腕の部下を失ったが、かわりにストーカーもいなくなった。



これは円満解決になるのだろうか?






ところがミホの件も一段落し、我が家も落ち着いて来た頃、また無言電話がはじまった。





ミホは死んだのに。





俺は、何度目かの無言電話で耐えきれなくなり、とうとうキレた。



「お前、いい加減にしろよ!!目的はなんなんだ!?お前は誰なんだ!?」








返事があった。






「……あたし」







それは、紛れもなくミホの声で。



俺は思わず受話器を落とした。






「…どうしたの?」


佐紀子が、俺を心配そうにのぞきこんだ。


「いや、ぁ……また無言電話が……」


「…ねぇ貴方……言いにくいけど……うちに無言電話なんて、もうかかって来ていないのよ?今だって、貴方が音も鳴ってない電話を急に取って、一人で勝手に喋りだして……」





俺は愕然とした。




佐紀子は、ミホが死んでからはぴたりと無言電話はないという。



「ほら貴方、もう寝ましょう?……疲れているのよ」



気遣う妻の後ろに、誰かが見えた。



そう。






ミホがいた。







頭から血をポタポタと滴ながら……



俺に手を伸ばしてくる。






俺はたまらず、窓に向かって走った。





***





「あらぁ……こんなに簡単に騙されるなんてね」


くすくす笑う佐紀子さんに、私はお礼を言った。


「佐紀子さん、ご協力ありがとうございます……これで、姉のミホも浮かばれます」



「ふふ、いいのよ~私にも保険金がたんまり入るしね♪」



窓の下には、マンションのこの部屋から飛び降りた男の死体が転がっている。



私は、ミホの双子の妹だ。幼い頃に両親が離婚し、私は父に引き取られた。

私達は一卵性で、顔も声もそっくりだ。

ミホは、元婚約者との結婚式でどっきりを企画する為に、私の存在を男に話していなかった。



私は姉の復讐、佐紀子さんはお金目的で、男を騙したのだ。




「あの男……何時も人を見下して、腹が立つったら。やっと清々したわ~」



……私達は、顔を見合わせて笑った。

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