お化け屋敷2
俺は、大学の夏休み中にバイクの頭金を稼ごうと、短期間のバイトをする事にした。
そして見つかったのが、比較的近所にあるショボイ遊園地のお化け屋敷でのバイトだった。
親元を離れて一人暮らしをさせて貰っている身としては、出来たら小遣いも稼ぎたかったのだが…
お化け屋敷のお化け役で、1時間800円。
本音は850円位欲しかったが、涼しい場所で人を脅かすだけの、簡単な仕事だ。
まぁ今すぐバイクを買うわけでもないし…と金に目を瞑り、電話をした。
簡単な面接に受かり、俺はあっさり次の日から働かせて貰える事になった。
翌日、開園前の遊園地に向かう。
明るいのに、しーんと静まった遊園地は何か不思議な感じがした。
近所なだけあって、俺は一人暮らしを始めた当初はよくこの遊園地に何度も来ていた。
勿論、お化け屋敷も。
たいして怖くもなかったが、最近変わった事と言えば、全てカラクリ仕掛けだった置物を一部撤去して、お化け役を二人投入した事位か。
流行りのお化け屋敷のパクりである事は一目瞭然だが、このショボイ遊園地のお化け屋敷にしては、大きな飛躍であり冒険だったに違いない。
お化け役なんて人を脅かすだけ…とたかをくくっていたが、やってみるとこれが案外、奥が深かった。
慣れた手付きでカツラや化粧をしていく社員の伊集院さんに教えられながら、たどたどしい手付きでまず身支度を整えた。
身支度に意外と時間が掛かる。
実際に給料が発生するのはお化け屋敷にいる間だけだから、さっさと支度出来るようにならなければならない。
30分前ならまだしも、たかがバイトで1時間前に来るのは割にあわない気がする。
全身が映る鏡を前にして立ってみた。
うん、結構怖い。
次に、さあ準備も終わったし、お化け屋敷の中へ…と思っていたら、まさかの動きの指導があった。
動きの指導って何だよ!
人を驚かせるにはまず音でビビらせて近寄ってきゃいーじゃん!
とか思ったが、大人しく伊集院さんの指示通りに動きのレッスンをした。
驚かす相手もいない中で一人でやるのはかなり恥ずかしかったが、伊集院さんが俺より真剣な表情だったので、何とか乗り切った。
指導を受けて1時間した頃、ブリキのオモチャと最初に評された動きも、なんとか出来損ないのゾンビに格上げされた。
ようやく俺にもOKがでて、やっと本番にとりかかる事となった。
何でも初めては緊張するものである。
俺はその日、タイミングが遅すぎて驚かせるべきお客さんが居なかったり、タイミングが早すぎて暗幕から出てくるところを見られてしまったり、戻るのが遅すぎて暗幕に入る前にお客さんが来てしまったり、お客さんに近付きすぎて転ばせてしまったり…とにかく色々やらかしながら、お化けとしてレベルアップをしていった。
俺は、お化け役をやればやる程、この仕事の楽しさがわかってきた。
最初はあった羞恥心も何処へやら、とにかくどうすればお客さんが怖がってくれるか、より楽しんでくれるかを考えてお化け役に徹した。
カップルにはサービスもした。
女の前で男のプライドを傷付けぬよう、徹底的に女の子をターゲットを絞ったのだ。
そして悲鳴をあげて逃げるお客さんを見ると、俺は達成感を得た。
***
一ヶ月の短期間バイトだったが、俺は楽しくこのバイトを終えた。
最終日、伊集院さんが俺のお疲れ会というか、とにかく食事に誘ってくれた。
同じバイトをしていた、田辺と野田も一緒だった。
「いやー、3人ともお疲れ様!よくやってくれたね、出来たら来年も頼むよ(笑)」
「お疲れ様でーす!」
皆で乾杯する。
「俺、お化けやりながら本物でないかどきどきでしたよ~」
笑いながら野田が言った。
「ホントそーですよね、残念ながら出ませんでしたけど」
田辺も悪乗りする。
「よくある話じゃないっすか、よくお客さんが一番怖かった仕掛けを聞くと、実はスタッフが知らない…本物の幽霊だった、とか!」
「ハハハ、うちには出ないよ~…と言っても、俺は霊感ゼロだけどね♪」
伊集院さんが笑って答えた。
「幽霊といやあ、幽霊の様なオバサンいたよな~」
「お!それって昨日そっくりな顔した子供連れてたオバサンの事?」
「そうそう!あの髪の乱れ加減とか…負けたと思ったぜ(笑)」
「こら、あんまりお客様の事を悪く言っちゃ駄目だぞ。…君は、何か面白かった事とかあった?」
伊集院さんが俺に話を振ってきた。
「いや~、俺も一人印象的なお客さんいましたね~」
「え?誰々?どんなん?」
「ほら、毎日終わり間際に一人で来るお客さんですよ」
「毎日一人で?」
色々なお客さんがいる中で、彼女は俺の好みなだけあって、ずば抜けて印象的だった。
「おかっぱ頭の、髪が凄く綺麗な高校の制服来てくるお客さんいるじゃないですか。
いや、今だから言いますけど初回、見事に驚かせるのにスベりまして…」
俺は初日、最後の客である彼女を驚かせようと背後から近寄った。
すると彼女はくるりと振り向き、にっこり笑って「こんにちは」と言ってきたのだ…
初日はこちらが驚いたが、次の日も彼女は来た。
同じ状況で、彼女が発した言葉は「新人さん?頑張ってね」
その次は確か「ここのお化け屋敷ってホント怖くないですよね」
俺もいい加減彼女に慣れて、閉園間際になると現れる彼女に向かって「こんにちは」「今日も外は暑いですね」「毎日来て飽きないですか」等々、話し掛けたのだ。
今にして思えば、お化けの格好したまま話し掛ける俺はかなり間抜けな姿をしていただろう。
けど、彼女に淡い恋心を抱いていた俺は、そんな二言三言交わす事が毎日の楽しみになっていた。
お客さんとまさかそこまで打ち解けたとは言えない俺は、大分話を省略して話したが、3人は微妙な表情をしていた。
「そんな客…居なかったぞ」
野田が顔を強張らせて言った。
「俺も、見てません」
田辺もそう言った。
…おいおい、ヤメテクダサイヨ。二人して俺を怖がらせてからかおうとしてるわけ?
俺は呆れて、伊集院さんを見た。
伊集院さんが真面目に言った。
「うん、その女の子の話なら知ってる。…霊感のあるスタッフは、皆その娘見て辞めてったから」
楽しく終わる予定だった食事会は、微妙な空気のまま幕を閉じた。
俺にはまだ信じられなかった。
彼女は、普通だった…気がする。
今日だって、俺は名残惜しくて彼女と結構話したんだ。
『今日で俺、最後なんだ』
『そうなの?折角こうして話せるようになったのに…残念だよ』
『今度さ、また会えるかな?』
『うん、遊びに行っちゃおうかな♪…お家まで』
お家まで、と言われた時には、胸がトキメイタンダ。
今では、別の意味で胸が騒ぐ…
今、家に帰ってきた。
ピンポー………ン
俺が帰ってすぐ
誰かが、訪ねてきた
夜中の、12時に。