挑戦
僕、菊地大星と親友、益子亘は今日も部室に篭って、新作映画について談議をしていた。
そんな僕達は勿論、映画研究クラブ……略して映研に所属している。
映研というと通常、厳しい部活動から離れてサボり三昧したい奴らの巣となり、その殆どが幽霊部員であるのが一般的だが、うちの高校に至っては違っている。
部長である亘は、ミニフィルムや高校生映画コンテストなど、とにかく精力的に参加していた。
つまり、映画を観るだけではなく、創るほうの研究にも熱心だった。
よって、部員数は10名程いたが、それは他校に比べると非常に多く、全員が観るだけではなく、役者としても出演しているのであった。
***
今回のテーマは、20分の映画の脚本決めだった。
亘は、脚本や監督に興味があり、僕は音響や映像技術に興味があった。
普段は亘がさっさとテーマを決めるのだが、今回は賞を狙うという事で……真剣に悩んでいる様だった。
僕から見て、亘の脚本は可もなく不可もなく、至って『普通』に面白いものだった。
亘は恋愛もサスペンスも動物物も、自分の可能性を見つける為には何でもチャレンジする努力家だった……が、残念ながら、天才だとは思えなかった。
勿論、本人には言えるハズもなかったが。
「なんかこう……誰もチャレンジしたことのない分野に、挑戦したいんだよ……」
亘は先程から、話し掛けているのか一人毎なのか微妙な声のトーンで話している。
「亘、誰もチャレンジしたことのない分野って何だよ?」
「それがわかればこんなに頭抱えてねーよ」
そして、ウンウンと本当に両手で頭を抱えて唸り出した。
「次はコメディーとかどうだろ?」
「いや、コメディーの分野では、アレを越す物は俺には出来ない……」
「まだ高校生なんだから、適度に面白ければいいだろ?」
「そんなんじゃ、賞なんて取れねぇよ!!」
「けど、賞取ってる作品だって、今まで既に作られてる分野の……例えば人間同士の触れ合いドラマだったり、中では推理とかで賞取ってる訳だし」
「それはそうなんだが……違うんだよ、何かが違う。俺の才能は……それじゃ引き出せないんだ……」
「亘の言うことは難しいなぁ~…僕は個人的に、次はホラーやりたいけど」
「ホラー?」
「うん。音響とか映像技術とか、ある意味一番大切な分野だと思うんだよね」
「ホラー……ねぇ。大星がそう言うなら……少し調べてみるか……」
大きくため息をつきながら、亘はうなだれた。
そして。
「何か、一作でいいから……後世に絶賛されて、一躍有名になる様な作品を作りたいんだ……」
そう、呟いた。
***
次の日の、夜8時。
見回りの警備員以外いないはずの学校に、僕ら映研10名は勢揃いしていた。
僕の目の前で、ビデオカメラをウキウキしながら設置している亘がいる。
昨日までとはうって変わったその態度に、亘が何らかのインスピレーションを得て、直ぐに撮影に取り掛かる事はよくわかった。
……が、僕を含めて、映研に所属する全員が、拘束される意味がわからなかった。
僕以外は全員、さるぐつわまでさせられている。
「……亘ぅ、いい加減どんな脚本か教えろよ」
亘が、くるっと満面の笑みで振り向いて言った。
「大星!!昨日はありがとな!!お前のくれたヒントが、これからの映画世界を変えるんだよ!!」
僕は意味がわからず首を捻った。
「……何の事かわからないんだけど……」
「ホラーだよ、ホラー!!俺、昨日家に帰ってホラー映画の事ちょっと調べたんだ♪そして最終的に……スナッフフィルム、に行き当たった」
「スナッフフィルム?」
後ろで、映研の誰かが、何か叫ぼうとしたのがわかった。
「そう、俺がずっと探していた分野だよ。誰もなしえていない、分野。俺が、初めてトライするんだ」
亘はうっとりとして続ける。
「大星は知らないのか?スナッフフィルム。スナッフビデオ、殺人フィルム、殺人ビデオ……ともいうんだけど」
「いや、知っるよ。知ってるから、呆れてるの。スナッフフィルムはね、この世に存在しないんだよ?だって、娯楽用途に流通させる目的で行われた実際の殺人の様子を撮影した映像作品を指す俗語だから、死体映像とか解剖映像、事故映像、処刑映像なんかは含まれないんだし」
「あれ、大星知ってるのか」
「そりゃ言葉は知ってるよ。都市伝説とかでもいわれてるし、それをテーマにしたホラー映画とかあるし」
「それはホラー映画であって、スナッフフィルムじゃない」
「そうだよ!!実際に娯楽・流通のために人を殺した映像があってたまるか(笑)!!仮にあったとしても、絶対に表面化はしないよ。撮影者は捕まるからね。撮影者が隠す限り、それは娯楽用途に流通させる目的じゃないわけだから、スナッフフィルムは有り得ないんだ」
「……だから、その有り得ない事を有り得る事にするんだよ」
「おい、亘~……まさか俺達を殺すとかじゃ……」
「ああ。殺す」
亘が、何を言っているのかわからなかった。
映研のメンバーが驚いて悲鳴――さるぐつわでくぐもった声にしかならなかったが――を上げる中、亘はにっこり笑って言った。
「調べたんだんだけど、海外のさまざまな殺人者は、殺人の様子をビデオに収めている場合があるんだけど、さっき大星が言っていた『娯楽用途に流通させる目的』には当てはまらないから、やっぱりスナッフフィルムからは除外されるんだって。後、やっぱり海外の若者達が、男性を拷問の末虐殺するビデオがネット上で出回って、誰でも閲覧が可能となった事件もあったみたいなんだけど……流出の時点で犯人達は逮捕されてて、流出の原因は本人達の手によるものではないと考えられている為に、同じくスナッフフィルムには当たらないみたいなんだ」
手に、刃渡り20cm程のナイフを握っている。
「だったら、僕が初めてのスナッフフィルムを創るよ」
一人目のコが、カメラの前に引きずりだされ……胸に、ナイフを、突き立てられた。
「娯楽目的で、本当の殺人撮影を……ね」
二人目の男が、頭に、上から真っすぐ、ナイフを突き立てられた。
「あれ?やっぱり頭蓋骨って……固いね」
三人目は、首を。
「大星とは、昔から映画の話したよね」
四人目は、両手首を。
「だから、わかってくれると思うんだ」
五人目は、腹を。
「俺には才能なんかないって……心の中では、思ってただろ?」
六人目は、両足首を。
「確かに、俺には才能はない」
七人目は、背中を。
「だけど、こうして好きな分野で有名になる為に……」
八人目は、両目を。
「全てを犠牲にして、たった一本の娯楽映画を創る事が出来る」
九人目は、口にナイフを突き立てられた。
「世界で初めての、スナッフフィルムの完成だ……」
最期に聞いた亘の声は、遠く……遠くに響いて消えた。