異常者の言い訳
僕はその日、いつもの様に11時頃に階下へ降りていった。
下では、母親がご飯を温めればいい状態で用意してくれているハズだった。
「あれ……」
今日は、珍しくご飯が用意されていなかった。
些細な事だが、イラっとする。
「おいババア!!飯はまだかよ!?」
母親を探して、家の中を歩き回ったが……いない。
イライラが最高潮に達した頃、玄関のドアが開いて母親が帰って来た。
「おい!!飯は!?」
今にも殴りかかりそうな程の形相で睨みつけると、母親は慌てて言った。
「あらあら、ごめんなさいね、今日から自給自足になったから、手間取っちゃって……今用意するからね」
今日から自給自足って何の事だ?
そう思ったが、母親が大事そうに抱えているものを見たら悲鳴を上げそうになった。
――人間の!腕!!
ひっ……と息を飲み込むと、母親は僕の様子に気付いたのか、
「ふふふ、初めてにしてはお母さん頑張ったのよ~」
と、笑顔を見せた。
「意味がわかんねぇよ!!それ何だよ!?」
「……え?何って……今日の食糧」
「……っざけんなよ!!そんなん食べられるかよ!!」
頭がおかしくなりそうだった。
すると母親は、ふぅと溜息をついて言った。
「貴方はテレビとか見ないからわからないかもしれないけどね、世界中で人間も食糧としていい、と可決されたのよ」
嘘だ……!!そんな訳無い!!
「貴方も知っているように、先日有名な医学博士……なんて名前だったか忘れちゃったけど、その人が人間の再生能力を高める細胞を発見したでしょう?」
母親は話しながら台所に行き、人間の腕をまな板の上にドンと置いた。
「もともとガン細胞の繁殖力を研究してたから、思いもよらない発見だって騒がれてたじゃない」
僕の視線は、まな板の上にくぎ付けだ。
「それで、今や食糧もその確保が難しくなっているし……人間にその驚異的な再生能力を注入して、人間も食糧の一部にしようという事になったのよ」
そう言いながら、包丁を取り出して振り上げた。
……まさか……
ダンッ…………
ダンッダンッ
母親は顔色を変える事なく、人間の腕を捌いていった。
見ているだけの僕は吐きそうになり、トイレに駆け込んだ。
――確かに僕は、大学を中退した後、ハタチを過ぎた今も、家に引きこもっている世間体の悪いニートというヤツだ。
部屋に引きこもってはいるが、テレビを見ずに、一日中ゲームにネットにDVD三昧。寝るのは朝の5時。
ネットで▲チャンネルはよく訪れるが、まさか世間がそんな動きをしていようとは……!!
僕はネットでその事を検索しようとトイレから部屋に戻った。
呆気なく。
検索をかけると、様々な動画やサイトが公的なものから私的なものまでヒットした。
ニュースを抽出していくと、以下の内容だった。
●人間猟解禁
●解禁される範囲は、再生細胞の注入が住んだ地区から
●県毎に、再生細胞の注入をいち早く導入していく(目処は202〇年〇月迄に日本全土で終わらせる)
●再生には個体差があるので、再生レベルをチップ管理していく
●猟をされた人間は、再生レベルに応じてチップカラーが変わる(赤⇔緑で、赤の場合は猟禁止)
●人間猟解禁の為、学校や職場でもそれにあった測範を策定する事
●頭のみ、猟禁止(再生困難になる為)
……などなど。
頭が痛くなりそうだった。
一通り、嘘ではない……と思える情報を収集した頃、階下から母親が僕を呼ぶ声がした。
リビングには、妹が先に着席していた。
出来の良い妹から、僕は毛虫の如く嫌われているが、お互い無視をする様な事はない。
「おはよにーちゃん」
「ああ……」
「かーさん今日初人間だね!楽しみにしてたんだぁ♪」
「そうよ、かあさん腕によりをかけて作ったわよ~!!」
きゃあきゃあと楽しそうに会話する女性陣を尻目に、食卓に並んでいるものを見た。
……よかった……
食卓に並べば、普通の肉にしか見えなかった。
ゴロゴロとから揚げになっている。
それでもまだ半信半疑で、母親と妹がから揚げを貪るのをしばらく観察してから、僕も勇気を出して一つ口をつけてみた。
……うまい……
驚いた事に、今まで食べたどんな肉より、美味しく感じた。
人肉を食べた日。
寝たら夢から覚めるんじゃないかと思ったが、翌日も人肉は食卓に並んだ。
今日はユッケの様に調理されている。
臭みもなく、美味しく頂けた。
僕は嬉しくなって、包丁を持って歩き、老若男女問わず食べてみた。
僕の好みとしては、中学生位の女の子の肉が最高だった。
そんなある日、ついに僕らも再生細胞とチップを埋め込まれる事になった。
明日は、妹を食ってみよう……♪
変わらずその日も、眠りについた。
***
「こりゃあひでぇな」
「犯人は、この家に住む長男です。働きにも行かず、母親のスネかじって生きていたようですな」
「見ろ、散乱しているDVD……ホラーというより、スプラッタだろ、これ」
「そうですね、日頃からこんなのばかり観ていたら……やっぱりおかしくもなりますよねぇ」
「母親と妹の肉を食べた形跡があるって?」
「はぁ……しかも、法律で許されてるんだ、と捕まった時に叫んでいたそうで……」
「んな訳ないだろーに」
「ですよねぇ……言い訳にしても、酷すぎるかと……」
***
母親と妹の肉の味は、最悪だった。
あんなに僕を虜にした人肉とは思えなかった。
溢れ出す肉汁のかわりに、血が。
柔らかな歯ごたえのかわりに、噛み切れない筋が。
僕は、何故今朝に限ってマズイのだろうかと、他の肉を食べに外に出た。
すると、飛び交う悲鳴が僕を迎えた。
驚きのあまり、硬直する僕。
そのうちに警察官が来て、僕を拘束しようとした。
警察官にはチップが埋め込まれていなかったので、残念だが食糧にするのは諦めた。
それにしても……
何故、僕が閉じ込められなきゃいけないんだ?
いい加減、出してくれよ。
家に帰って、母親に言うんだから。
「ババアの肉はとうが立っててまずかった」ってね。