人形ごっこ
『ちょっとそこまで行ってくるわね』
つぐみは、手にしたリカちゃん人形を小さなテーブルから飛び降りさせ、フローリングの床に移動させた。
バイバイ、と手を振る仕種をテーブルの上(家)にいるバービー人形に向けてする。
つぐみは直ぐにリカちゃん人形から手を離し、バービー人形を手にとって
『行ってらっしゃい』
と言った。
一人でする人形遊びも好きだったが、やっぱり友達とやった方が楽しかった。
ただ、一人っ子で甘やかされて育ったつぐみは、友達の物でも直ぐに欲しがり、奪おうとした。
癇癪をよく起こし、人形や友達にあたった。
そんな事を繰り返しているうちに、友達は皆、つぐみと遊ばなくなっていったのだ。
本人には適当な理由を付けて断っている為、不幸な事につぐみの行いが正される事はなかった。
「もう、ピアノのお稽古終わったかな♪」
友達の家に電話してみると、友達のお母さんが出て、━━まだ家に帰ってきていないのよ、ごめんなさいね。━━と言う。
仕方なく、つぐみは公園に遊びに行った。
公園であれば、誰か顔見知りの友達がいるかもしれない、そう思ったからだ。
公園には、誰もいなかった。
━━もう!今日はなんか嫌な日だなぁ!!
つぐみは早速、自分の思い通りに行かない事に苛立ち始めたが、その時、誰かが声を掛けてきた。
「ねぇ、一緒に遊ばない?」
驚いて振り向くと、そこにはリカちゃん人形そっくりの、つぐみと同い年くらいの少女が佇んでいる。
「うん!いいよ!一緒に遊んであげる!何して遊びたい?」
「人形ごっこ」
少女は答えた。
「人形ごっこ?」
おままごとか、人形遊びか、どちらかと間違えたかと思った。
「うん、人形ごっこ。どちらかが、人形の振りをして、もう一人が、その人形で遊ぶの」
つぐみはよく意味がわからなかったが、やってみればわかる、と思って即答した。
「それじゃあ、それやろう!」
「最初はどっちが人形やる?」
「私がやるよ。つぐみって呼んで~」
「うん、わかった。私、リカちゃん」
へぇ、とつぐみが思った瞬間だった。
つぐみの周りが全てグングンと大きくなっていったのだ。
……それが、周りが大きくなったのではなく、つぐみが小さくなったのだと理解するまでには、幼いつぐみには時間が掛かった。
「つぐみ、お風呂に入ろう」
今やつぐみの身長程もあるリカの顔が近づき、服を脱がせてバケツにつぐみを突っ込んだ。
「あらあら、風邪ひいちゃうかも」
何処から取り出したのか、ライターを体に近付けた。
今やライターの炎は、焚火の様な大きさである。
つぐみは叫び声を上げた。
リカはくすくすと笑いながら、
「何を嫌がっているの?みんな、つぐみちゃんが私にした事でしょう?」
と言った。
━━そういえば……
つぐみは自分の記憶を必死に手繰りよせる。
ひとつ、むしゃくしゃした気持ちの時に、乱暴に扱ってわざと傷付け、捨てたリカちゃん人形がいた。
━━だとすると。
ボキッ……
「……あら、腕がもげちゃったわね」
つぐみは痛みで悲鳴をあげる。
その中でも、恐ろしい思考回路は止まらなかった。
━━まさか。その次は。
ぎちぎち、と首の付け根に荷重が加わった。
頭が物凄い力で上に引っ張られる。
つぐみは、恐怖と痛みで叫びにならない叫びをあげ続けたが━━……
ブシュッ……
不意に、叫び声が止んだ。
「あは♪頭も、もげちゃった」
その日、腕と頭のもげた少女の遺体が発見された。
人間技とは思えないその殺され方に、警察の捜査は早くも行き詰まり━━迷宮入りの事件になったという。