ギロチン
アンは、自分が成長するにつれて、他人の「首」に対する執着が強くなる事を自覚していた。
駅のホームで前を並んでいる人のうなじが……
自分の前の道を歩いている人のうなじが……
切
れ
る
…けれども、それは白昼夢が見せた現像なのか、そのシーンが視界を埋めつくした直後に、通常の世界へと引き戻されるのだ。
初めてその映像を見た時は、驚きで腰を抜かした。
こんなに頻繁に人の首が切り離される映像ばかり見ていると、正直うつ病になるのではないかと思う。……むしろ、今自分が平気な方が恐ろしいかもしれない。
ある日、そんな悩みを友人に話すと、「アンはマリーアントワネットの生まれ変わりだったりしてね?」なんて、クスクス笑いながら答えられた。
けれどもアンは、一緒になって笑えなかった。友人には言えなかったが、ギロチンという物を初めて社会の教科書で見た時、背筋が凍る程の衝撃と……異常な程の憎しみを感じたからだ。
「ねぇアン、あなた一回退行療法…だっけ?前世療法とかいうやつ、受けてみたら?」
笑っていた友人が、真剣な表情で提案してくれた。
「まぁ、そんなもの眉唾ものだし効果あるかわからないけど……何もしないで、このまま症状が酷くなるよりは何かしたほうがいいと思うんだけど」
確かに、友人の言う通りだった。
私は友人と一緒にネットで極力信憑性の高そうな退行(前世)療法師を探し、予約する事に成功した。
私の前世は罪人で、本当にギロチンで首を斬られたりしたのだろうか……だから、ギロチンを見ると吐き気を催す程の憎悪がするのだろうか。
その時はまだ、わからなかった。
***
退行(前世)療法師の部屋は、いかにも意味深な部屋の造りをしていた。
部屋の真ん中は円形で、まるで舞台の様に一段高くなっており、さらにそこには歯医者にいくと置いてあるリクライニングシートの様な椅子が鎮座している。
その円形の周りはぐるりと蝋燭で囲まれ、壁や天井はプラネタリウムの様に星が輝いていた。
円形の台座から壁までは、タロットカードや水晶、バツ印に飾られた斧や大小様々な髑髏、水が流れる水路など、とにかく色んな物が詰め込まれていた。
ここまでされるとむしろ胡散臭かったが、友人も実は付き添いで一緒に来てくれ、隣の部屋にいる事もあり、せっかく来たのに何もしないで帰るのは勿体なかった為、一先ず話しを聞いてみる事にした。
***
私は、アンが退行(前世)療法を受けている間、携帯でギロチンについて検索してみた。
すると、恐怖のイメージでしかなかったギロチンは……意外な事に、むしろ肯定的なイメージに変わったのである。
それは、以下の文章を読んだからだった。
『昔の斬首刑には斧や刀が用いられていたが、死刑執行人が未熟練であったりした場合、首を何度も斬りつける事となり、受刑者に多大な苦痛を与えることも多かった。
受刑者に無駄な苦痛を与えず、斬首の刑が執行できるようにと設計、開発されたのがギロチンである。
つまりギロチンは一見残酷なイメージだが、導入の経緯からむしろ人道的な死刑装置と位置づけられている。』
へぇ……
確かに、ギロチンが導入される以前の死刑には、火刑、絞首刑、車裂きの刑、八つ裂きの刑などがあったとは習った気がするが、すっかりギロチンが人道的な死刑装置なんて事は忘れていた。
アンに、この話しをすべきだろうか……
それとも、今受けている療法でアンの病気?が治るのだったら、話す必要はないのだろうか。
そんな事を考えていたら、ドアが開いた音がした。
アンが出てきた。
アンのいた治療部屋は暗くてわからなかったが、控室のような、私の待っていた部屋に来ると、それ、に気付いた。
一瞬、アンは今日赤いワンピースを着ていたっけ?と思うほど。
アンは、全身血まみれで出てきたのだ。
「……アン!!!アン!!何があったの!?大丈夫!?」
アンは放心状態だが、怪我をしていないみたいだ。
アンの手には、斧が握られていた。
じゃあ、この血は、まさか……!!!
反応のないアンを置いて、私は恐る恐る中を覗いた。
……やっぱり……
今回依頼した、退行(前世)療法師が倒れている。
……首が……ない……
私がアンに、何があったの、と再び声を掛けようとするのと。
アンが、「私に後ろ姿を見せないで……」と言ったのは同時だったと思う。
振り向いた私の目に。
アンが斧を振りかぶる姿が、うつった。
***
退行(前世)療法師は本物だった事が、わかった。
私が、他人の首に執着する理由も、わかった。
私がギロチンを、憎悪する理由も。
ついでに、首が切れる映像を見ても、平気な理由も。
……私は、死刑執行人だったのだ……
わざと苦痛を伸ばすようにして、公開処刑をよりセンセーショナルにさせるのが、好きな。
ギロチンは、邪魔なのだ。
昔は何人もいた死刑執行人の、職をなくした。
何よりも、この手で人の首を斬れなくなった。
ギロチンなんか、要らない。
この手で……斧で……刀で……首を、斬れれば、いいのだ。
全てを思い出した私に、療法師はその無防備な後ろ姿を見せた。
私の視界に、壁に飾られた斧と、後ろ姿が……人間の首が、入ってきた。
やることは、ただひとつ。
気が付けば、昔の様に。
…その斧を、首目掛けて振り下ろしていた……