表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/139

タクシー

この仕事をしていると、人間、本当に色んな人がいるもんだと思う。



いい事もあったり、嫌な事もあったり。


それでも、いい事の方が多いからこそ、この仕事を続けているのだと思う。



最近あったいい事は、自分がとても好きな演歌歌手を、なんと一時間も乗せて自宅までお送りしてしまった事だ!!!



年甲斐もなく握手やサインをおねだりした私は、端から見たらミーハーそのものであっただろうが、それでもその演歌歌手は嫌な顔一つせず、全てに笑顔で対応して下さった。(もちろん私がそのお姿を見て、更にファン度を高めたのは言うまでもない。)



ところが人生がひっくり返る様な嫌な事も、その週の終わりにあった。



人生、山あり谷あり。禍福転じてどうなるかなんて、誰にもわからないのである。




***




乗ってきたのは、野球帽を目深に被り、マスクを付けた男だった。




……この男、もしかして……私の直感が、何かを告げる。



野球帽を被る男は勿論沢山いるが、普通タクシーの中では取るのが当たり前だ。



「○○寺まで行ってくれ」



男は、遠くも近くもない、車で15分程の寺を指示した。



――直感は、当たった様だ。



男の指示した寺の場所は、林や雑木林の多いところで、いわゆる人目のつきにくいところだった。



まあ、こういった男とは縁があるんだな。



私はそう思い、目的地まで発車した。




***




タクシー強盗は、金額は少ないが意外と割のいい仕事だった。



何より、運転手のビビる顔が面白い。

さっきまで客に対して敬語どころかタメ口、下手すりゃ説教まで始めるその口が、いきなり情けない口調で許してだの助けてだの言い出すのは見物だ。



捕まるリスクも少ない。今まで、何度か運転手の逆襲にあいそうになったが、個人タクシーは狙わない、というのと(会社勤めの方が躍起になって売上を取り返そうとしないからだ)、運転手と会話した時の印象で、避けた方がいい相手もいる事を学んだ時から、更に安全に稼げる様になった。



そんな安心感からか先日、ついにミスをして後味の悪い思いをしたが、警察からはなんの音沙汰もなく、そんな心配も日を追う毎に薄れていった。



こんな美味くていい仕事はない、と言い切れる。




最近はタクシー強盗を警戒してか、まるで中国の作りを真似して、運転手を守る様なゲージを運転手と客の間に設ける会社も出てきた。



初めて見た時は驚いたが、やはり採用する会社はまだまだ少ないし、考え方によっては運転手からの逆襲を防いだり、更に逃亡しやすくなるというメリットもある。



まだまだ時代は、俺の仕事を後押ししてくれていると言っても過言ではあるまい。



ただ、これから気を配らなくてはならないのは……車内に取り付けられた防犯カメラ。後は、強盗の際の格好である。



野球帽にマスクという出で立ちでタクシー強盗を行う者が多過ぎて、運転手がその姿をした者に対して警戒をし始めている。



……そろそろ、この格好も警戒されない様に代用を考えなきゃな……




そう思いながらも、ついつい面倒な事は先送りする性格の俺は、いつも通りの格好で……野球帽とマスクでタクシーを止めたのであった。




「○○寺まで行ってくれ」



俺は、先に下調べをしたこれから強盗現場となる寺の名前を告げた。



面倒な事は先送りにする俺だが、現場の確認と変更には余念がない。



タクシー会社同士、何処で強盗が起きたか情報共有しているに違いないからだ。同じ現場では、二度しない事が俺のモットーだった。



「前ね、お兄さんみたいな格好をした人を乗せて、怖い思いをしたんですよ」



タクシー運転手がいきなり話し掛けてきた。


俺は少し動揺したが、こういった話し好きのタクシー運転手に対しては、「話したがらない客」を演じる事にしていた。



「はあ」



「なんとね、タクシー強盗しようとしたんですよ、その人」


「……」



「で、力技で負けてしまいまして……結局、有り金全部、持っていかれちゃいました」



「……」



「こんな事辞めろってサイゴに言ったんですけどね……はたして相手に伝わったかどうか」



流石にイラッとした。この運転手、客の反応も見ずにずっと話し続けてやがる。

絶対、説教好きなタイプだ。




だが、後少しで仕事場に着く。



街灯が少ない所で、止めてくれ、と声を掛けた。



俺は、右のポケットからサバイバルナイフを出し、運転手の首に一気に押し当てた。


手慣れているため、動きは誰から見ても素早かったと思う。



バックミラーで運転手と視線を合わせて、俺は低い声で言った。





「……有り金全部、渡せ」





そこまでは、いつも通りだったのだ。



ところが。



運転手の男の目を見た時……俺は、違和感を感じた。





運転手の男は、「助けて」とも「許して」とも言わなかった。





俺の目を真っ直ぐに見て、こう言った。




「私の最期の言葉は、どうやら通じなかったみたいですね」




そして、いきなり止めていたタクシーのアクセルを全開にしたのだ。





俺は叫んだ。



「やめろ!!何してる!!止めるんだ!!!」




首にナイフを押し付けても、車は減速するどころか……加速していく。




「お兄さん、私の首、もう切らないで下さいね」





そう運転手が呟いたのを聞いて、ゾッとした。




俺は初めて、一週間前に……強盗殺人を犯してしまったのだ。


殺すつもりはなかった。間違えて、ナイフをひいた時に……運転手が前に動いて……




死んだ運転手……







そうだ、目の前の運転手と同じ目をした……








運転手は、ナイフをその手で握って真っ直ぐ前を見てこう言った。





「お兄さんは、寺よりももっと相応しい場所に連れてくよ」










運転手の言う「相応しい場所」が




地獄だと





俺の直感が、告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ