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詐欺師

「初めまして社長、今日は貴重なお時間頂きありがとうございます!私はこういう者です」



「いやいや初めまして。えーっと……どうも目が悪くて名刺を読み取るのも一苦労ですわ(笑)……編集部の方?そんな方がこんな古工場の冴えない私に何の御用だね?」



「またまた社長、御謙遜を!実は私、自叙伝のお話を持って参りました」



「……自叙伝?そういうのは、マツシタコウノスケとかが書いてはじめて売れるんじゃないかね?」



「いや!それが最近、ちょっとしたブームなんですよ!!聞いたところ、なんでも社長はこの会社を一人でここまで大きく立派にされたとか」



「従業員はたかが15人だよ」



「日本は、まだまだ中小企業が元気です。そこで中小企業において培われたノウハウを知りたい、という方も実は多いんですよ!!」



「そういうもんかねぇ」



「そこで社長、是非今までの社長の企業立ち上げからのノウハウを……というか生き様、人生ですかね……それを一冊にまとめて後世に残しませんか?」



「人生をまとめる、か……そう聞くと魅力的だなぁ……」



「じゃあ、是非この話を前向きにご検討されては如何でしょうか。まぁ、文章を書く、なんてお久しぶりかもしれませんが、その辺は私もお手伝いさせて頂きますので!」



「自叙伝を発行するのにお金とかはかかるのかね?」



「そうですねぇ、部数にもよりますが……最初はどうしても自費出版になりますので、百万位あれば」



「百万!?」



「いやいや考えてみて下さい。その後売れれば、売上は丸々社長の物。百万なんてあっという間に戻ってきますよ」



「そうか……そういうモノなのか……」



「じゃあ社長、次回私が来るまでに、大まかな表題……その本の、骨格とも言えるべき目次にあたる部分を考えて来て下さい。ついでに、その頁に掲載させる写真なんかも探しておいて下さると助かるのですが……」



「わかった。おい君、契約やなんかはどうしたら良いのかね?」



「あ、その辺ご心配には及びません。社長は自費出版なので、会社との契約ではないのですから。ただ、お金は先にご用意頂けると助かります。……では、いつ頃迄にお写真とかご用意出来ますかね?」



「う~む……普段の仕事もあるから、二ヶ月位貰えれば……」



「畏まりました、では二ヶ月後にまた伺います。楽しみにしておりますね」




***




「では、早速拝見致します。……おお、おお……これは素晴らしいですね、社長。いや、先生とお呼びした方が良いくらいの仕上がりですよ」



「その表題に、この辺の写真を使おうと思うんだが」



「いいじゃないですか!!先生の出生から始まって……学生時の苦労、そして転落。地獄からの奪還、今の仕事への転機、成長…集結。よくまとまっております。ただ、読み手としては、先生の出生から……というのは読みづらいかと思いますので、順番としてはまず!先生はどういう功績を残したか、会社と家族でわけて書いて、先生という人物に興味を持たせてから、ググッと先生自身の人間像に迫る方がいいですね。」



「成る程」



「いや、しかし本当に良くできている骨格ですねぇ……これで100部は勿体ない」



「え?百万出して100部だけなんですか?」



「先生、考えてもみて下さい。本が仕上がる迄には、写植、印刷、製本と色々な手順を踏むのです。頁が多ければ、それだけ印刷代や紙代が嵩みますし……先生、まさか一世一代のこの素晴らしい本を、薄っぺらのお安い本に仕上げたくはないですよね?」



「そりゃあ、まあ」



「でしょうでしょう。……ああ、けれども勿体ない。これなら1000部にしても、飛ぶ様に売れるでしょうに……」



「1000部にすると、いくらなのかね?」



「後500万……いや、800万位ですかね」



「そうか……考えておくよ」



「!!はいっ!!是非!!」




***




「では、早速執筆に取り掛かって頂けますか?人によっては、3年~5年掛かる方もいるかと思いますが、一度文章の仕上がり具合や先生の癖というモノを掴んでおきたいので、また半年後位に伺います」



「了解したよ、じゃあまたその時に」






半年後。



「へぇ、先生は……こんな人生を歩んで来られたんですね……」



「あぁ、そうだよ。おや、冬だというのに暑いのかね?凄い汗をかいているけれども」



「いえ!!いやそのこれは……あまりに作品が素晴らしかったので」



「そうかい、それはどうも。私の地獄の始まりのクダリなんか、自分では頑張ったつもりなんだが」



「そう…ですね」



「そういや話は変わりますが、編集者の仕事ってのは余程儲かるんですかね?先日あんたが、フェラーリに乗っているところを見掛けたよ」



「いや!それは……それは人間違いでしょう。私の愛車はつまらない単なる国産車ですよ」



「そうか。……で、部数増刷の話だが」



「先生!!……申し訳ないのですが、今日はちょっと急用が入りまして……」



「おや。それは残念だが、仕方がないな。じゃあ、また近々来てくれるのかな?」



「ええ、そうですね……ええ。明後日にでも、伺いますよ」




***




その男が、その古工場に来る事は二度となかった。



変わりに、刑事がやってきた。



「仏さんの車が、ここの工場から出たっていう証言がありましてね」



「ええ?編集者の方、亡くなったんですか!?」



刑事達は顔を見合わせ、同情の表情を社長に向けた。



「残念ながら、仏は編集者でなく、詐欺師だったんですよ」



「なんですって!では私の自費出版の話は……!!」



「……残念ながら、そんな話は進んでないと思われます。仏にもう、金を渡しましたか?」



「ええ、百万程……」



「お気の毒ですが、被害届を出されても、戻って来ない確率の方が高いですね」



「そう……ですか……」



「いや、あいつはなかなか賢い奴でして……百万ですんだのはまだ軽い被害です。中には5000万程持っていかれた方も……」



話しを続け様とする刑事を、もう一人が止めた。



そして、肩を落とした社長に「お手間をとらせました」と言って、去っていった。




***




社長は、焼却炉に大まかにまとめた自叙伝を投げ込んだ。



警察からは単なる一被害者という見方をされ、特にその後訪れる事はなかった。



あの詐欺師は車に細工をされて亡くなったらしいが、敵が余りにも多いために捜査は難航しているらしい。




火の中で自叙伝が、燃えていく。


詐欺師の目にしか触れる事のなかった自叙伝には、こう書かれていた。





――学生の頃、父親の経営する会社が詐欺にあい、乗っ取られて父親は自殺。

残された母親は、水商売をしてなんとか生計をたてていたが、知り合いからネズミ講を行っているような企業を紹介され、抜けたくても抜ける事が出来ずにそのまま行方不明……おそらく企業に殺されたのだろう。


それでもなんとか会社を立ち上げ、一家を支えていたが、娘は結婚詐欺にあって自殺。息子は共同経営の話しを親友から持ち掛けられ、その話に乗ったが、借金だけ肩代わりをさせられてうつ病に。



社長は、学生でグレた時に知り合ったヤクザに頼み、それぞれの元凶となった者は残らず排他した。



それ以後、町工場で働きながら……一方で詐欺を働く者の情報を細々と入手し、排他し続けている。







「……さて、仕事でもするか」


社長は、車の沢山並んだガレージに、仕事道具を片手に、戻って行った……

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