水子
娘の風子は、赤ちゃんの頃から手間の掛からない子供だった。
うちはアメリカの様に赤ちゃんの頃から寝室を分けていたが、風子は殆どぐずらなかった。
ぐずりだしても直ぐに泣き止み、あまりの赤ちゃんらしい反応の無さに、こっちが気になって見に行く事が多かった。
幸い、風子は窒息している様子もなくいつもすやすやと寝ているので、これは個性いう事でいつしか大人しい事が普通に感じる様になっていった。
風子は一人っ子だったが、親に構って欲しがる様子もなく、よく一人遊びをして楽しむいい子だった。
それでも、やはり姉妹が欲しかったのか……一人遊びをする際には、「水子」という架空の姉を想像して、おままごとや紙人形で遊んでいた。
風子の様子がおかしい事に気付いたのは、彼女が保育園に入った後だった。
近所の保育園に入って一週間した頃。
いつも通りに風子を迎えに行くと、保育士さんから、ちょっとお話が、と声を掛けられた。
話の内容は、端的に言うと風子はいつも一人で遊び、なかなか他の子と馴染めない、というものだった。
確かにその日も、迎えに行った時に見た風子は室内でひとり、積木遊びをニコニコとやっていた。
私は、自分が楽させて貰っている事にあぐらをかき…娘のコミュニケーション能力に問題がある事に気付かなかったのだ。
***
次の日曜日、私は風子とキッチンテーブルで向かい合って、聞いてみた。
「風子、保育園は楽しい?」
「うん」
「お友達は出来たのかな?」
「沢山出来たよ!」
「そっかぁ…保育士の先生がね、いつも一人でいるみたいって気にしてたよ?」
「ええ!?そんな事ないよぅ…私、あの先生嫌い」
「どうして?」
「いつも…友達の事…無視するから」
これには驚いた。
職業柄、子供を無視するなんてあってはならない事だ。
「ママだって…」
「え?」
「私はママの事大好きだけど…昔から無視するから…それはあまり、好きじゃない」
「何の事?」
「いまも、水子お姉ちゃんの事…無視してる。私の隣にいるのに、一緒に保育園行ってるのに、どうして水子お姉ちゃんには聞かないの?」
私は何も答える事が出来なかった。
風子の横は、空席だったからである。
珍しく……本当に珍しく、風子が癇癪をおこした。
「昔から、私が泣いてると真っ先に来てくれたのは水子お姉ちゃんだったよ!私が寂しい時だって……悲しい時だって……」
私は、その時にやっと風子が手間の掛からない子供だった理由がわかった。
私はその時、風子が水子と呼んでいる子供の幽霊に、感謝をした。
風子をいつも見守っててくれてありがとうございます。
けれども、それは間違いだった事に直ぐに気付かされた。
***
「風子、保育園に行ったら、保育士さんとお話している子供達と遊びなさい」
「なんで?」
風子に説明するのは難しかった。
貴女は他の者が見えない子供達と遊んでいるのよ?
貴女は幽霊と遊んでいるのよ?
なんと言ったら伝わるのだろう……
出来たら、水子お姉ちゃんとも……遊ぶのをやめなさい、と本心では言いたかった。
「水子お姉ちゃん、私とやっと遊べる様になったって喜んでくれてるのに……大きくなったって……」
風子はぽつりと呟いた。
それから数日後。
風子は、保育園のジャングルジムから頭から落ちて、死んだ。
一人で遊んでいたらしいが、保育士さんから「急にジャングルジムのてっぺんで暴れ出して……」と言う話を聞いて、怒りに目が眩みながらも私は理解した。
水子という霊は、待っていたのだ。
風子が、自分と同じ位の大きさになり、一緒に遊べる様になる事を。