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エステ

私は、自分の体型がコンプレックスだった。



これでも、中学生の頃は痩せていて、モデル体型で容姿もよかったから、本当にモテたのだ。


痩せれば、男が近寄ってくる事はわかっている。



私の様な身寄りのない施設育ちは、結婚する相手に全てがかかっていると言っても過言ではなかった。



できれば、育ちはよくなくとも高給取りを捕まえたい。



その為にはせめて、今の体重…130kgを、なんとかベスト体重の47kg近くまで落とす事が先決かと思われた。




***




「ジュリー、貴女エステとか興味ある?」



私の、数少ない学友であるキャロルが声を掛けて来た。



「……エステ?」

私は内心、興味津々だったが、さも胡散臭さげな顔をしてキャロルの差し出して来たチラシを受け取った。


キャロルは、私が施設あがりで、特待生扱い+奨学金援助という身分で学校に通っている事を知っている、数少ない人間だ。


そんな私が、贅沢行為であるエステにいけるハズがないのに、何故そんな事を言ってくるのかわからなかった。



「凄くいい話があるのよ!!」




キャロルの話を要約すると、話題のエステが被験者を募集しているらしい。自分も通ってみたが、非常に施術もよく、今は紹介キャンペーン中だという。



私はチラシを見たが、全く聞いたことのない名前の会社がやっていた。

ただ、早耳のキャロルが言うからには確かに話題なのかもしれない。



ここだけの話、買い物好きでカード狂いのキャロルはかなりの借金を抱えているのに、エステなんかにも手をだしているのには呆れた。

恐らく私を紹介すれば、キャロルには何らかのメリットがあるのだろう。


が、チラシを見れば何よりも魅力だったのは、その価格だった。

私が痩身を考えた時、ちらりとエステの情報を集めたが、通常価格を遥かに下回っており、更に被験者になれば無料との触れ込みが書いてある。



被験者は無料。



よし、被験者になって、無料でうける。なれなければ、やめればいい。


そう決めて、一度行ってみる事にした。




***




被験者希望は必ずチラシを持参する事、という一文を見逃さずに、私はしっかりとチラシを握りしめて店舗に向かった。



予約はありだったが、チラシには被験者募集の日が決められており、オーディションでもするのだろうか、と様々な考えが頭を過ぎった。



店内入口は、私が思い描くエステ独特の雰囲気はなかった。

まるで会社や何かの説明会の入口、といえばわかりやすいだろうか。



まぁ、別に入口でエステをする訳ではないのだから問題あるまい。こうした店の造りが、あの価格の安さ生み出しているのかもしれない。

私は納得して、受付に立つ女性に近づいた。




「チラシのご提示をお願い致します」


受付の女性は朗らかな笑顔と、けれども無機質な声で言った。



チラシを差し出すと、受付の女性はそれを確認し、「被験者希望の方ですか?」と私に質問した。


私がそうだと答えると、受付の女性は廊下を指して「3番のお部屋におはいり下さい」と言った。



そうか、3番の部屋でエステを受ける前の質疑応答……エステプランニングをするのかと思い、私が特に痩せたいと思っている箇所を考えながらドアの前まで進んだ。



中に入る前に、受付の方をちらりと見ると、痩せぎすの幼い女の子が受付の者と話していた。



――あんな女の子まで、エステに興味があるの?その疑問は、私がしたノックの返事「どうぞおはいり下さい」という声によって、遮断された。




***




部屋の中では綺麗な女性が待ち構えているのであろう……と思っていたら、そうではなかった。



禿げたオジサン、太ったオバサン、厳ついオジサンの3人がまるで面接官の様に椅子に座っていた。



とてもエステプランの初期打ち合わせとは思えないという予想は残念ながら当たった。



3人からされた質問は、むしろプライベートな話題だった。

チラシをどんなルートで貰ったか。その相手とはどんな関係か。どうして知り合ったのか。普段は何をしているのか。家族構成は。エステを受ける話を誰かにしたか。


話の流れがごく自然だった為、私は気付けば自分が施設育ちである事や一人暮らしである事、学校には奨学金で通っている事などを話していた。


この人達とはこの場だけの付き合いだから、何と思われようと関係ない……という考えがあったのも事実だ。



要は、被験者にさえなれればいいのだ。




最終的に、その面接官達は顔を見合わせて頷き、「合格ですね」と言った。




合格、というからには被験者になれたのだろうか。


私は心の中でガッツポーズをした。



「ではあちらの10番と書かれた部屋でお待ち下さい」



そう面接官?達に言われ、私は喜びが表に出ないよう、素知らぬ顔でその部屋に向かった。




中に入ると、部屋はやけに小さかった。1辺が2メートル程の正方形をしていて、何もない。




何か、違和感がした。


普通、こういう時に通されるのは机や椅子位はあるものではないか?



私は一度部屋の外に出ようとしたが、空気の漏れる様な音が聞こえたので、それが何処から聞こえるのかと耳を集中させた。




そして、その後の記憶はない。





***





気付くと、そこは牢獄の様だった。



というより、牢獄そのものだった。




何が起きたのかわからない。


私は記憶を手繰りよせた。……エステに行っただけ……よね?



私が思考していると、幼い声が聞こえた。



「お姉ちゃんも……合唱団に入団するの?」




は?何を言っているのだ、この子供は。


「そんな訳ないでしょ、私はエステに来ただけよ」


そう言った後に気付いた。この女の子は……私が受付にいた時に、後から入って来た子供だ。




「あんた達二人共何言っているの?芸能人のオーディションじゃないの?」



部屋(牢屋)の隅から、別の声がした。



そこには、化粧で顔を綺麗に作り上げた女がいる。



「……君達は、日雇い労働の面接に来たんじゃないのか?」



牢屋の檻の向こうから、更に声がかかった。



恰幅のいい、髭を生やした男性だ。



横では小柄な少年が震えており、「僕はサーカス団に入りに来ただけなのに……」と呟いていた。






……これは、どういう事?




***




牢屋は、私達女性や向かいの男性以外にも、まだまだ沢山ある様だった。



耳を澄ませば泣き声、話し声、寝息、怒鳴り声……様々な者達がここに捕らえられているみたいだ。



……しかし、こんなに沢山の人間を一斉に誘拐したら、家族達が黙ってはいないだろう……私の様な、境遇の者を覗いては。




そう考え、私は気付いた。



そう……私の様な境遇の者は、世間に知られないままかもしれない。だって誰が捜索願いを出すと言うのだろう?




――まさか。





私は、女の子と女性、男性と男の子に順に聞いてみた。



面接官と、何を話したか。



皆答えは一緒だった。



された質問は、チラシに関係なくプライベートな話題。チラシをどんなルートで貰ったか。その相手とはどんな関係か。どうして知り合ったのか。普段は何をしているのか。家族構成は。チラシを見て会場に行く事を誰かに話したか。


誰もが皆、自分の事を話す時には言いづらそうだった。


間違いない。


ここにいる者は皆、施設育ち。

更にはその中でも社会と上手く溶け込めず、恐らく外界から孤立している者の集まりなのだ――……




チラシは釣りだった。



キャロルは、私をここに送り込む事で、エステが割安になる訳ではない。もっと――そう、例えば膨れ上がった借金が帳消しになるような利益を得たのだ。



チラシを持ってこさせたのは、形跡を残させない為。置いてきたり、誰かに話していたら、そこで不合格になっていたのだ。



私の思考はそこまで行き着き愕然としていると、ガシャンと重厚なドアの開く音がした。



コツ、コツと誰かが近づいてくる。




面接官の一人、太ったオバサンだった。



オバサンは、私達の向かいの牢屋の前まで来て、男の子を上から下まで舐め回す様に見た。



「あんた、行き先決まったよ。まさかのホントにサーカスだ」



醜い豚の様にくぐもった笑い声をひとしきりあげると、更に続けた。



「まあ尤も、あんたの役はダルマだけどね」




それを聞いて、意味がわかった者だけが青ざめた。



幸いな事に、男の子はまだ意味がわからないのだろう、サーカスに引き取られると聞いて目を輝かせている。




恐らく、少年はサーカスで見世物になるのだ。

手も足も、話せない様に舌も切り取られて――ダルマの様に。



恰幅のいい男性は、威勢よくオバサンに怒鳴りつけた。



「おいあんた!!いつまで俺らをこんなところに閉じ込めてんだ!!」


オバサンは全く動じず、男性を一睨みした後、言った。



「そうねぇ……適材適所ってもんがあるからね。あんたの場合、健康そうだからやっぱり臓器関係か、治検向きだね。」



そして、くるりとこっちを見て女の子に笑い掛けた。



「あんたは可愛いからね、きっとスパイとか特殊工作員として引き取られるだろうよ」



女の子が可愛い、と言われたのが気に食わなかったのか、今度は女性がオバサンに噛み付いた。


「あたしはどうなのよ!!」


オバサンはやれやれ、と言った表情で女を見ると、


「あんたは、飼いたいって人がいてくれりゃあ御の字だろうね。さもなきゃ、裏ビデオが精々だろうさ…殺しのね」



女はヒッと悲鳴を上げて震え出した。




最後にオバサンは私をうっとりと見て、こう告げた。



「あんたは、間違いなく食材行きだよ。その脂肪の付き方、なんて理想的なんだろうねぇ!!もし誰も希望しなかったら……あたしが食べてあげるからね、安心しな……」

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