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隣家

私は、60歳を越えてから自家栽培に興味を持ち、毎日軽い農作業をして過ごしていた。


また夫は自営業の為、60を越えても仕事を続けていた。



私が世話をする畑は、以前車を駐車していたスペースと庭だったスペースを併せて確保した為、広くも狭くもない。



けれども、畑からはお隣りさんが丸見えで、それがちょっと嫌だった。





というのも、お隣りさんは低い塀のある平屋の一軒家だったが、『プチゴミ屋敷』と近所では言われていたのだ。



テレビで見かける程……つまりゴミを拾って来る程酷くはなかったが、家庭ゴミと思えるビニール袋が家中に散乱していて、縁側をも占領しているのが畑から見えたし、畑にいると、たまに異臭が漂ってきた。




***




隣家には、80歳を越えたおじいさんおばあさんと、その一人息子が3人で住んでいた。



今でこそ交流はないが、私達がこの土地に引っ越してきた30年程前から、特におばあさんには可愛がって頂き、色々面倒を見て貰った。


今にして思えば、私は娘の様に大切にして貰ったのだ。



それもわかる気がする。たった一人息子は、頼りになるどころか、定職に就かずにフラフラと放蕩し、揚句に今やおじいさんおばあさんの年金でなんとか生活している低落だ。

優しいおじいさんおばあさんを思うと、そんな生活に胸が痛む。



私が自治体に対してプチゴミ屋敷の問題をとり出さないのは、一重におばあさんへの恩義があるからだった。




***




私が畑に出ている時、お散歩や買い物から帰ってきたおばあさんとは、前はよく挨拶を交わしたが、最近は足腰が弱ってきたのか、外で見かける事はなくなった。



変わりに畑からは、縁側に続く8畳の和室に寝たきりのおじいさんの枕元で佇むおばあさんが丸見えだった。

その表情までは読み取れないが、おばあさんの姿を見る事で安心は出来た。


というのも、家事一切を息子に任せたのか、おばあさんはその部屋を一歩も外に出る事はなかったのだ。




放蕩息子は、意外な事に、洗濯だけは毎日欠かさずやっていた。


おばあさんのくたびれた服と、自分の物と思われる服。


縁側の前にあるベランダに干している時、ほぼ毎日私も畑にいるので、軽く会釈をするのだ。



おじいさんの服は、ごくごくたまにしか洗われていない。


恐らく、寝たきりのおじいさんの服を着せ替えるのが面倒なのだろう……私はおじいさんが床擦れをおこしていないか、いつも気になるのだった。




***




ある日スーパーにて、最近近所で放火事件が多発している話題を馴染みの主婦と話をしていると、そこに隣家の一人息子が通り掛かった。



私はおじいさんの床擦れが気になっていたので、主婦の輪から外れて息子に声を掛けた。



「お久しぶりです、ご両親はお元気しておりますか?」


「ああ、お隣りさん。ええ、お蔭様で元気にしていますよ」


「おじいさんはまだしも、最近おばあさんも外ではお見かけしないので、心配していたのですよ」


「ああ、すみません。足腰がすっかり弱って、外に出たがらないんですよ。お蔭で私が買い物に来なければならない」


50を越えた息子は、ひょいとスーパーの買い物袋を持ち上げて肩を竦めた。



それくらい当たり前でしょ、と言いたくなるのをぐっと堪えて続けた。


「けど、おじいさんは寝たきりでしょう?向きとかしょっちゅう変えてあげないと、床擦れしてしまうから大変ですよね」


「いやいや、あれくらいなんともないですよ」



息子の表情から、何の看病もしていない――オムツを変えるだけで十分看病をしていると考えている――事が窺えた。



「おばあさんでは無理だと思いますし、私でよければお手伝い致しますから声掛けて下さいね」


「わざわざすみません。けど、大丈夫ですから、ご心配にはおよびませんよ」



「そうですか……では、おばあさんにもよろしくお伝えください」


「はいはい、伝えておきます」



息子とはその会話の後別れたが、私の気持ちが全く伝わっていない事は、嫌でもわかった……。





それからしばらくして。


私達が夕飯を終えて寛いでいると、インターホンが鳴った。




どちらさまですか、と聞くと、懐かしい声が聞こえた。




「ご無沙汰しております。色々ご心配おかけしてごめんなさいね、ありがとう。もう、心配にはおよびませんからね、元気でね」



――隣のおばあさんだ――!!




私は驚いて、直ぐに玄関を開けた。





***





そこには誰もいなかった。





しかし、夜だというのに視界がやけに明るい。





私は、視界が明るい理由を知って驚愕した。




お隣りが――隣家が、燃えている!!




「あなた!!あなた!!お隣りが火事だわ!!急いで消防車を呼んでちょうだい!!!」



私はつっかけに足を突っ込み、そのまま隣家に近寄った。



――まさかおばあさんは、我が家に挨拶した後、おじいさんを助けようとしてまた家に戻ってしまったのでは――!!



目を凝らして隣家を覗き込んだが、人の気配はしない。




「おばあさん!!おじいさん!!おばあさん!!」



声を掛けても、隣家からは人が出てこず……代わりに、近所の者が私の声を聞き付けてやってきた。



隣家はたちまち野次馬に囲まれ、一先ず消防車が着くまでバケツリレーが行われたが、全焼してしまうのは誰の目にも明らかだった。




***




翌日。



野次馬の中に紛れていた放火犯が捕まると共に、全焼した隣家からは、3つの遺体が発見された。



2つの男性の焼死体が、和室と寝室から。




そして。




1つの女性の遺体が、和室の下の土の中から。





おばあさんの遺体が司法解剖された結果、死後2~3ヶ月経過しているとの事だった。死因は外傷がなく、心不全による病死とされた。




私は、それを聞いて全てを理解した。



息子は、急になくなったおばあさんの死亡届けを出さずに、年金を貰い続ける為に「生きている」事にしたのだ。


毎日おばあさんの服を洗濯する事によって、近所の目をごまかそうとした。


プチゴミ屋敷にする事によって、仮に遺体から死臭がしても、生ゴミのせいだと思わせた。



最も、そのビニール袋が放火犯の目に止まって、放火されてしまった訳だけれども。




おばあさんは、最後に挨拶に来てくれたのだ……娘の様に可愛がってくれた、私に。





私は、自家栽培の畑スペースを少し削って、花壇を作った。



おばあさんの好きだった花を植えてあげよう。




隣家の縁側から、しっかりと見える様に……


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