乗客
私は電車のドア寄り掛かる様に立ち、流れる景色を眺めていた。
電車での通学の往復……全て見慣れた景色で、もう建物を見て何処にいるのかわかってしまう。
そんな景色も、朝と夜では違って見えた。
私は、朝の景色より夜の景色が好きだった。
夜の窓は、電車内の明かりが反射して、景色も乗客も見放題だった。
今日も変わらず、まばらに人が座っているのが、ドアの窓に反射した光景を通して見える。
私は景色を見るのと同じ位、人間観察も好きだった。
もともと乗車率が低い、田舎を走るこの電車は、誰がどの車両のどの時間帯に乗るのか、毎日乗る人ならほぼ覚えている位である。
今日の面子は、常連客は少なかった。
ドアの窓越しに写って見える、一番右端に座っている見たことのないおじいさんは、こっくりこっくり居眠りをしている。
手荷物が今にもずり落ちそうだ。
そのおじいさんの横に、黄色い帽子を被った、ワンピース姿のやはり見たことのない小さな女の子。
おじいさんの孫だろうか?
その子供は、ガラス越しに私をじっと見ている気がした。
***
その少女は私をじっと見た後、ニカッと笑って手をブンブンと振った。
人の少ない電車の中。少女の向かい(私の立っている側の席)に座っている、常連客の高校生位の女の子も、その横に一つ空けて座っているオバさんも、手を振る様子がない。
……やっぱり、私に振っているのだろうか……
私は目立たない様にそっと、ガラスに写る少女に向かって軽く手を振った。
すると少女は、満面の笑みでウンウンと頷いて、席から立ち上がり、私の方に歩いて来た。
そういえば、鞄の中に、飴玉が入っていたっけ。少女にあげてもいいかもしれない。
私も笑顔で振り向いた。
しかし、そこに少女の姿はなかった。
***
電車は走り続けている。
少女が駅に降りたはずもない。
………?
狐に化かされた様な気持ちで、首を傾げて再びドアの方を向くと。
そこに。
ガラス越しに見た私の肩の上に。
女の子の首が乗っかっていた。
首から上だけの女の子の顔は、ニカッと笑ったまま……徐々に口が裂けていく。
女の子の口の端から、目から、髪の毛から、血が滴り落ちた。
私はあらん限りの悲鳴をあげた。
***
次の瞬間、何が起きたのかわからなかった。
私の悲鳴を聞き付けて、常連客である高校生位の女の子が立ち上がり、血みどろの少女の頭をガッと掴んだ。
少女の頭、を、光が包み込む。
少女は始め苦悶の表情を浮かべていたが、光が強くなっていくにつれ段々と安らぎの表情となり……
最後には、跡形もなく、消えた。
私はガタガタと震えたまま、常連客である高校生を見た。
おじいさんも、オバさんも何事かとその高校生を見ている。
真っ黒な、まっすぐで長い髪。
まるで幽霊の様だった。
高校生は、陰気な表情を浮かべて、低くて落ち着きのある声で私に言った。
「何十年も、そうして景色を見ていますね。けど、他の悪霊に目をつけられる前に……成仏した方が、いい」
おじいさんもオバさんも、私を見ていない。見えないのだ。
胡散臭げに、高校生を見ている。
私は、景色を眺めるのが好きだった。
けれども、どうして私が通学時間しか乗らないのならば、常連客が いつ 乗ってくるのかまでを、知っているのか。
ああ、そうか。
私は毎日、毎日、ずーっと、このドアに立っていたのだ。
何十年も。
その時意識が遠退き、女の子と同じ光に自分が包まれた……気が、した。