ホラー映画
時計の針は、22時を指し示している。
私は、テーブルの上にポップコーンとコーラを並べ、トイレで用をたし、部屋の電気を全て消し、いざ《映画タイム》に入る事にした。
私の部屋には、一人暮らしには似つかわしくない、46インチの大型テレビが幅をきかせている。
西面の壁が全てテレビで埋まっていると言っても過言ではなかった。
友人から借りてきた、大好きなホラー映画を再生した。
邦画だ。
海外のホラー映画は、驚かせたりグロかったりするシーンはあっても、邦画の様に、人間の怨念……というか、ひたひたと心に忍び寄る様な恐怖はない。
私の中では、ホラー映画といえば、邦画に限るのだ。
☆☆☆
邦画のホラー映画でも、やはり当たり外れはある。
有名だからといっても怖くなかったり、マイナーでも怖かったりするが、貸してくれた友人曰く、この作品は後者だ。
イントロが始まり、わざとモノクロにされている画像と、どこか外れた感じの音響が、えもいえず独特な個性を出していた。
出だしはなかなかいいな。
私は、ポップコーンを1つつまんで映画を見続けた。
驚く事にそのホラー映画は、一人の人間の目として画像を映す様な作りになっていた。
つまり、主人公の姿は見えないのである。
見えるのは、主人公の目を通して見る映像であり……登場人物達は、画面に向かって、語りかけてくる。
見ながら、成る程、最後は主人公(画像)がガラスや鏡を見ると、そこには驚きの姿が――!!というパターンかな、と予測をたてた。
☆☆☆
奇しくも、この映画を更に面白くさせたのは、主人公が私の名前と同じだったという事だ。
私は真っ暗な部屋の中で、恐怖を味わう事を楽しみながら、最後まで映画を見続けた。
いよいよ、クライマックスだ。
私は一旦、映像を止め、コーラで膨れた膀胱を空にしにトイレに入る為に席を立った。
普段は映画を見ている最中に映像を止めるなんて事はしないのだが、意外とこの全く有名ではないホラー映画はよく出来ていて、なかなか怖かったのである。
……今、携帯電話とか鳴ったら超ビビるかも……
普段の生活の中では味わえない『恐怖』を味わわせてくれた友人に、明日何かお菓子でも買っていってあげよう。
☆☆☆
トイレは電気が付かなかった。
瞬間、恐怖に襲われたが、直ぐに思い立った。
トイレの電気は、豆電球だ。そのほとんどが、なんの前触れもなく、いきなり切れてしまうものなのである。
それにしてもタイミングが良すぎる。
私は、真っ暗な中で一人笑った。
まるでテレビのコントの様な成り行きだと思い込む事で、恐怖感に駆られないようにしていたという自覚もある。
さて、気分を変えて、映画の続きを見るか。
49インチの画面は、煌々と光り、部屋を照らしていた。
その光を頼りにインスタントコーヒーを入れようと電気ポットのボタンを押すが……
これもまた、出ない。
トイレの電気に、電気ポット。
私は、ああ、停電かと思った。
☆☆☆
その時、本当にそのタイミングで、携帯が鳴った。
私はわざと驚きを隠す為に、「はいはい、誰よ」と一人言を言いながら携帯を手に取った。
携帯にうつる番号は非表示……な訳はなく、今回ホラー映画を貸してくれた友人からだった。
一瞬、今通話に出たら、ホラー映画の盛り上がりが欠けるとも思ったが、一人暮らしを圧迫する携帯の通話料金が頭をよぎって結局出てしまった。
我ながら、ちょっとセコい……
『もしもし?今話せる~?』
「うん、今ちょうど借りたホラー映画見てたところだよ」
『え!それは邪魔しちゃったね~、けど、結構怖いでしょ?』
「うん、部屋真っ暗にして見てるんだけど、結構後悔してるかも~!!」
『アハハ、私の場合、姿の主人公の名前が同じだからさ、なんか臨場感あってヤバかったよ!!』
「えっ……」
『今、停電してんじゃん?手持ちぶたさで電話しちゃってゴメンね~!……って、よく考えたら、テレビだって消えてるかぁ!』
友人の声が、遠くなった気がした。
変わりに、煌々と光りを放つテレビの画面が更に存在感を増した気がした。
私の後ろで、映画が、再生された。
私は何の操作もしていないのに。
再生された映像の中、登場人物が私に話かける。
私の名を呼びながら。
私と友人の名前は、勿論、違う。
停電中と言っていた、友人。
なのに再生される、ホラー映画。
━━後ろを、振り向けない━━
私は、このホラー映画のクライマックスが『今』である事を、感じていた……