宝くじ
その男は、いつの頃からか繰り返し、ある夢を見ていた。
宝くじに当たる夢だ。
河川敷にあるベンチ。
河の向こうに、熟れたトマトの様に真っ赤に沈みゆく夕日。
その夕日に向かって、新聞と一枚の宝くじを照らし合わせる自分。
何度も、何度も、宝くじと新聞の間を自分の目が往復する。
当選額、3億。
一枚しか買っていないのか、他の宝くじは持っていない。
夢に向かって、連番で買っていれば前後賞も含めて5億だぞ、そう訴える自分。
宝くじが確実に当選している事を確信した自分は、その宝くじを離すまいと、ぎゅうっと握り締める。
皺くちゃになる宝くじ。
そこでその夢はいつも終わった。
‡‡‡‡‡‡
それが正夢であると信じた男は、いつの日か、必ず自分は3億の宝くじを当てると信じて疑わなかった。
3億あれば、贅沢しなければ一生働かなくても十分生きていける。
怠慢な男は、定職に就かず、宝くじだけは毎回買って、当選する日をまだかまだかと待ち続けた。
しかし、男が30歳になっても、宝くじが当たる事はなかった。
男は焦り始めたが、相変わらず宝くじに当たる夢は変わることなく見続ける。
男は当選する為には何か、条件が足りないのではないか、と考えた。
そこで、夢に近い状態に、極力近付け様とした。
今まで、前後賞も当てようという目論みから、ずっと連番で買っていた宝くじを、一枚買うだけにした。
家の近所の周辺を調べ、夢に見た河川敷を探した。
すると、家から10キロ程離れた河川敷に、夢とそっくりのベンチを見つけた。
これだ。
男は、普段買わない、けれども夢に見ていた新聞を購入する。
まだ時刻は昼前だった。
夢の通りにするには、夕日でなくてはならない。
まだ宝くじの当選番号を見てはいけない。
男は、今すぐにでも確認したい気持ちを抑えつつ、それでも3億の為に我慢した。
辛抱強くベンチを陣取り、太陽が真っ赤に熟れるまで待った。
まだだ。
もうちょっと、太陽は、沈んでた……気がする。
もうちょっと…もうちょっと…
そろそろか。
震える手で、新聞と宝くじを太陽に向けて掲げた。
祈るように。
ゆっくりと、夢をなぞるように意識しながら、宝くじの番号を確認した。
当たりだ。
まだ、信じられない思いで、新聞と宝くじの間を何度も目を行ったり来たりさせる。
間違いない、と確信した。
男は、風で宝くじが飛ばない様に、誰かに宝くじを取られない様に、ぎゅうっと握り締めた。
‡‡‡‡‡‡
その親猫は、前から歩いてくる人間を見て、ああ、また夢か、と思った。
たまに見る、嫌な夢。何故繰り返し見るのかはわからなかった。
この夢の続きはもう何度も見たから、どうなるのかは知っている。
この後、あの人間は寛いでいる子供の尻尾を思い切り踏み付けていくのだ。
親猫が怒って男に飛び掛かると、男は手で振り払おうとするが、その際手にした皺くちゃの紙を落としてしまう。
皺くちゃになった紙。
その紙はその時吹いた突風に飛ばされ、車道へ飛んでいくのだ。
そしてその人間は、トラックが目の前に迫っているのに、皺くちゃの紙に手を伸ばそうとして……
……動かなくなった人間を尻目に、皺くちゃの紙はヒラヒラと舞い降り、水面に落ち、沈んでいく。
そんな、夢だ。