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老老介護

老いた者が、老いたモノを介護する社会現象が起きている。



ここにも、老いたモノ達がいた。




文蔵は、お婆さんに体を拭かれていた。



━━ああ、そこが気持ちいい━━



筋力が落ちてまともに声を出す事の出来ない文蔵は、目を細めて気持ちよさをお婆さんにアピールした。


「この辺り、気持ち良さそうだねぇ、文蔵さん」


尤も、お婆さんは耳が遠くなって、普通に会話を聞き取る事が出来ない為、お互い様というところであったが。



文蔵は老いて、3年程前から寝たきりとなっていた。



今日は、自分の世話をしてくれるお婆さんが、普段お風呂に入れないからと、丁度良い温かさの蒸しタオルで体を拭いてくれている。



その時、家のチャイムが鳴った。


文蔵の体を拭き終えたお婆さんが、よっこらせ、としんどそうにゆっくりと立ち上がる。



━━ああ、俺も動けたらなぁ…すまないね、全て婆さんにやらせてしまって…━━



文蔵は心の中でお婆さんを労り、その後ろ姿を見送った。


とは言っても、ここは6畳1間の小さな住まい。玄関までも丸見えではあったが。



「どちらさんかね?」


「大家の森田ですよ。秋吉さん、お元気してますか」


「ああ、大家さん…今、お家賃渡しますのでちょっと待ってて下さいな」


「はいはい、ゆっくりでいいですからね」



お婆さんは小さな箪笥をゴソゴソと漁り、茶封筒を取り出した。


ゆっくりと玄関に近づき、古びたドアを開ける。



「これ、今月分です」


大家は中身を数えると、はい確かに、と言って笑顔で受けとった。



「じゃあ、体に気をつけてまた来月にね」


ドアを閉める直前に、文蔵をちらりと見ていく。

文蔵は、大家のその癖が嫌いだった。




大家は、月一回、お婆さん達が死んでいないか確認しに来ている、と言っても過言ではなかった。



文蔵が若い頃は、お婆さんと散歩をしていると、大家もこんにちは、と愛想よく挨拶を交わしたものだったが、文蔵が老いて動けなくなってからと言うもの、汚らしいモノでも見る様な目付きになった。



一度、玄関ドアの外でお婆さんに、文蔵の世話は一人では大変だから、住まいを別にする息子夫婦に預けたらどうかという会話を大家がしているのを、文蔵は聞いた。



文蔵がまだこの古びた住まいにいるのは、お婆さんが頑として首を縦に振らなかったからである。



「…うっ…」



家の玄関の鍵を閉め、部屋に戻ろうとしたお婆さんが、胸に手を当てて倒れ込んだ。



顔の色が、赤くなり━━蒼白になっていった。



異変を察した文蔵は、必死で声をあげようとした。



━━婆さん!!大丈夫かいっ!??━━



━━誰か!森田さん!!!婆さんが━━



声は、自分の喉をひゅうひゅうと鳴らすだけで、とても家の外に聞こえたとは思えなかった。



…若い頃文蔵は、押し入り強盗ですらも、その声で追い払った事があった。



お婆さん一人で住んでいる、と勘違いした強盗は、真っ昼間から家に包丁を持って現れた。

が、文蔵の怒鳴り声を聞き驚いて家から退散、何事かと近所の者が家の外を確認し、いくつかの目撃情報によってその強盗は逮捕される事になった。


そしてその日からますます、お婆さんは文蔵に感謝をして暮らす様になった。



━━あの頃の、力があったら━━



目の前で、お婆さんの顔色が青から土色に変わろうとしていた。



━━婆、さん…━━



文蔵を大事に、丁寧に世話していたお婆さんは、それきり動かなくなった……







みすぼらしいアパートの前に、何台かのパトカーが止まっていた。



大家が、警察から色々と質問を受けていた。



━━ええ、そうなんですよ。私が隣の部屋から苦情を受けて、見にいったら既に……


え?はい、お家賃頂く名目で、月に1度は様子を見に行ってました。一ヶ月前は変わった様子、なかったんですよ?それなのに……



はい、もう80過ぎなのに、動けない文蔵の面倒をよく見ていてね……私が、子供に見て貰いしょうよと言っても、私が面倒見ますの一点張りで。




━━ええ、秋吉さんは一人暮らしですよ。




息子さん夫婦の連絡先?ええと、待ってて下さいね━━










その後しばらくして。





一人の老女と。

一匹の老犬の、腐乱した遺体が運び出された……

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