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涙と笑顔

その少年は、コンビニの駐車場の車止めに座り込んでいた。



俯いて、足元の石をいじりつづけている。



前を通りかかったお巡りさんが、自転車を止めて少年に声を掛けた。


「おい君、こんな時間に外をふらついていたら危ないぞ」



そこで少年は、表情のない顔でお巡りさんを見た。


「君、お名前は?歳はいくつ?塾とかの帰りでもなさそうだし……ご両親はどうしたんだい?」


少年は、お巡りさんの質問に的確に答えた。


「真鍋 勝也、11歳です。もともとお母さんと二人で住んでいましたが……最近、死にました」



勝也と名乗った少年の顔には、悲しみの涙とみられる後がいくすじも残っていた。


無理矢理笑おうとしているのか、歪んだ笑顔を見せようとするのも痛々しく見えた。



お巡りさんは、自分の聞き方のまずさに苦笑いしながら言った


「そうか、よし勝也君、お巡りさんが家まで送ってあげるから、一緒に帰ろう……新しい家はどこだい?」



「……わからない」



勝也は、自分は看護師をしている叔母の家に預けられる事になったが、夜勤だった為、夜に家を抜け出してやみくもに歩いていたら、ここに辿り着いてしまった事を告白した。


思い詰めた表情を見るところ、反省しているらしい。



「叔母さんのお名前は?」


「最上、きょうこ、だったと思う……」


「住所や電話番号覚えているかい?」


「まだ……覚えてない……」


「叔母さんの勤め先はわかるかい?」


「なんとか……病院」



こりゃ朝まで保護して、迎えが来るのを待つしかないな、とお巡りさんは腹をくくった。



交番に戻ったお巡りさんは、寝ようとしない少年としょうがないので世間話をしていた。


「そういえば、小学校は何処に通っていたんだい?」


もしや、と思って聞いてみると、


「丸石第一小学校」


まさに、お巡りさんの娘が働いている小学校の名前が返ってきた。



お巡りさんは嬉しくなってうちの娘がね、と話しをしだしたが、ふと以前の話しをするのは、少年にとっては亡くなった母親を思い出させるだけかもしれない、と思い直して自粛した。



翌朝、無事に迎えに来た叔母さんに少年を預けてやれやれ、とお巡りさんは安堵のため息をついた。




‡‡‡‡‡‡




それからしばらくは少年の事を日常の忙しさで忘れていたお巡りさんだったが、ある日娘が生徒の愚痴を言うのに思い出して、聞いてみる事にした。



「そういえば、お前の小学校に以前、真鍋…勝也君、だっけかな?そんなコがいただろう?」



すると、娘は顔色をサッと変えて言った。


「いたもなにも、担任は私だったわよ。……お父さん、勝也君と知り合いって……彼、やっぱり何か問題起こしたの?」



お巡りさんは慌てて訂正した。


「いやいや、そんなんじゃないよ、ただ前に夜に保護した事があって……ごくごく普通のコに感じたが、やっぱり問題起こしたって何の事だ?」



娘はしばらく無言でいたが、さっと自分の部屋に行き、また戻ってきた。


手には原稿用紙を握りしめている。



「これ……引っ越し直前に、勝也君が書いた作文よ。クラスの作品集に載せられない内容だったから、書き直してもらったの。書き直す前の作文……読んでみて。」



お巡りさんが目を向けると、そこには小学生にしては綺麗な字が並んでいた。




最近のうれしかった事


ぼくの最近うれしかった事は、お母さんが死んだ事です。

お母さんは昔から、お皿洗いをしないとぼくをぶったり、テストの点数が悪いとぼくをけったりしました。

この前、友達の家からおそくに帰ってくると、家の玄関がしまっていました。家をドンドンとたたいても、お母さんは中に入れてくれません。その日は外で一日中過ごしました。寒かったです。

他にもお母さんには沢山、いやな事をさせられました。お母さんはいつもとても恐いので、生きていたらこの作文も書けませんでした。

だからぼくは、お母さんが死んで、うれしいです。


真鍋 勝也






お巡りさんは頭をかかえた。



勝也と名乗った少年と出会った時。



母親が死んだと告げるその顔には、悲しみの涙とみられる後……ではなく、嬉し涙の後であり。



無理矢理笑おうとしていたから笑顔が歪んだ訳ではなく……もともと歪んだ理由から浮かんだ笑顔だったから、ああいう表情になったのだ……

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