みかけ
とある小さな村に引っ越してきた私。
早速、お隣りさんにご挨拶に伺った。
お隣りさんと言っても、100メートルは離れている。
こういう小さな村程、村八分という言葉が存在するのだ、気をつけて生活をしなければならない。
旅人には優しくても、新入りには厳しい。
ある意味、他人に無関心な東京より、そういう意味では住み心地が悪いかもしれない。
私は少し緊張しながら、ドアのインターホン……はないため、大きな引き戸の前で「すみませーん」と声をかけた。
「おお、おお、もしかしてあんたが、村の皆が噂しとった小堺さんかいな」
「はい。隣に越してきました小堺と申します。色々とわからない事も多く、ご迷惑おかけするかと思いますが、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、目の前のじーちゃんばーちゃんおばさんおじさんは(私は見世物か)、
「まぁまぁ立ち話もなんですから、おあがりなさいな」
と言って、家に上げてくれた。
通された場所は、縁側である。
縁側!懐かしの古きよき時代の長閑さの象徴、縁側!!
私はそれからしばらくマッタリと、木村家の皆さんとおしゃべりした。
「しかし、あんたの様な若い……小堺さんは幾つかね?」
「今35で、今年36になります」
「そうか。楽しい年頃だの~~……若い娘さんが……ええと、お一人で?」
「はい。3年前までは旦那がいましたが、今は一人です」
「おお、そうだったか、それは失礼……若い娘さんが一人で、何故こんな村に引っ越して来たのかね?」
「ほんと、若くて美人で細くてスタイルもいいから、東京とかなら……ねぇ、わかるけど……」
「ありがとうございます。ええと、私、仕事で人形作りをしていまして。創作意欲がこういう土地の方がわきやすくて、今までちょこちょこ旅行していたのですけど……今回、思い切って引っ越ししちゃいました」
「そうなんかいな~」
にこにこと、木村家の皆さんは笑顔を絶やさない。どうやら最初の村八分行きか否かの難関は越えた様だった。
話は色々な話題へ飛んだが、最終的に、私が買った家&土地の話題になった。
「それにしても、小堺さん一人じゃあの土地は広すぎで大変じゃろ~~」
「丁度、自家栽培とかしてみたかったので」
「その細腕でかいな~?」
おばさんが、厭味ではなくうらやましい気持ちを込めて言った。
「あはは、意外と力はあるんですよ!ですが、畑仕事自体をやった事がないので……」
「それは心配無用だでな。儂らがちゃーんと面倒みたるさかい。伊達に農家やっとらんけ」
かっかっかと豪快に笑うおじいちゃんにつられて皆で笑った。
最後はおじいちゃんの締めの言葉で締めくくられた。
「ままま、小堺さんが鼻持ちならん人だったらどうしようか思っとったけど気さくに話せる方でよかったでな、これからもよろしく頼んますわ」
‡‡‡‡‡‡
それから一ヶ月も経つ頃には、私は村の全員と気軽に話す仲になっていた。
それも、全て木村のおばさんのお陰である。
隣の木村のおばさんは村一番の情報通で、なんでも私に教えてくれた。
ただし、自分の情報と引き換えではあったが。
「今挨拶した山田の旦那さんな、ここだけの話、隣村の若い人妻とできてるんやで~人はみかけによらんやろ……で、小堺さんはなんで離婚したん?」
「確かに旦那はいませんが、離婚という訳ではないんです」
「あそこのベンチに座ってる笹山のおばあちゃんな、昔から万引きばかりして村のもんから嫌われてるんや、人はみかけによらんやろ~……で、なんで別居したん?」
「旦那は、3年前に失踪とか蒸発…って言うんですかね?ある日ふっといなくなってしまったんです」
「今手を振った牧村の坊ちゃんな、あんな可愛い顔して、動物いじめるの大好きなんよ、人はみかけによらんやろ~……で、なんで旦那いなくなったん?」
「理由はさっぱり……あ、勿論暴力団とかそういうのに絡まれていた訳じゃありませんよ!女の影もなかったですし……」
「前歩いてる中村の嬢ちゃんな、学校の先生と付きおうとるみたいやで、人はみかけによらんやろ……で、旦那が帰って来ないのになんでこの村さ来たん?」
「旦那がいなくなった頃、調度私人形作りの創作でこの村に来ていたんですよ……で、当時空き家だった今の私の家に一目惚れして」
「そかそか、小堺さんにはそんな過去が……人はみかけによらんなぁ」
‡‡‡‡‡‡
山田のおばさんの話しを聞くと、確かに人はみかけによらない……とは思う。
私だって、人には「か弱い」「小さい」「はかなげ」と言われる部類の女だが、今こうしてせっせと庭を耕している姿はむしろ「たくましい」だろう。
そう、人はみかけによらない。
誰も私を、人殺しだとは……
三年前に旦那を殺して、今住んでいるこの家の裏庭に埋めたとは……
思いもよらないに違いない。