画家
「先生、また人物画を描いて下さい!!」
その若い女性営業はとある画家に食いついていた。
「いや……私はもう、風景しか筆を取らない、と決めているのだ」
「そんな事をおっしゃらず……そこをなんとか、お願いします」
「……何故そんなに、私に人物画を書いて貰いたいのだね?」
「勿論、私なんかが口にするのもおこがましいですが……素晴らしい、からです」
その画家の応接間には、幾つかの人物画が並んでいた。
どれも生き生きとしていて、今にも動き出しそうだ。
血色が良さそうですね、と言葉をかけてしまいそうなほど、写真とはまた違った暖かみのあるリアルさを見事に描き上げていた。
残念ながら、モデルである画家の母、妻、娘と既に亡くなっており、モデル本人と見比べる事は叶わないが。
「君には大変世話になっているしね……なんとか叶えてあげたい、とは思うが……」
「お願いします!!」
その女性は、最敬礼の角度で頭を下げた。
こんなやり取りが、ここ一年の間、画家とその女性が会う度に行われていた。
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ここは、一気に決めないと……女性は焦っていた。
その女性はやり手であるのに、ここ最近の営業成績は悪かった。
今期に一年前から進めていたこの話をなんとか決めないと、左遷は間違いない。
変わりに、もしこの話の確約を取れれば、昇進の道が開ける。
本当は3年掛かりで落とそうと考えていたが、計画が思ったより早まってしまった……
「先生、私は……何をしたら……どうしたら、描いて頂けるのでしょう」
「……そうだな、出来ない事だろうが……君がモデルになってくれれば、描いてやらないことはない」
それは、体の関係を持て、という事かと一瞬思ったが……どうやらそうではないらしい。
「私が描いた相手は全て亡くなっている……だから、私は不幸を呼び寄せる筆はもう取らない、と決めたのだ」
女性は飛びついた。
「モデル、やります!!喜んで、やらせて下さい!!」
素晴らしい収穫に、身震いがおさまらなかった。
能力を認められている、画家。その画家が普段は描かない、人物画。人物画のモデルは、まさかの自分。
笑いがおさまらない。
この業界の大ニュースだ。
女性はその一ヶ月後から、三ヶ月間、画家の家に住み込んだ。
画家は物凄い集中力で、女性をスケッチしていった。
その画家は、大胆1作描くのに半年掛かる。
女性は三ヶ月が過ぎると、家に帰された。
後は、画家が作品を仕上げるのをただひたすら待つだけだった。
女性は、心から、その作品の完成が待ち遠しかった。
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ところがそれから一ヶ月後、女性は体調を崩す様になった。
更にそれから二ヶ月後、女性は立つ事すらままならなくなった。
寝たきりの生活。
死人の様な血色の悪さ
女性は、やっと自分の不調の原因に気付いた。
絵を……
絵を、仕上げないで……
生命力が失われていく、恐怖。
生気が、ますます弱くなる。
魂は、この体より、より素晴らしい住まいを求めている様だった。
そう、画家の描く人物の中に……
あ……
あ……今……最後の……最期の……色が……塗られ……
寝たきりの女性が目を覚ますことは、二度となかった。