ツーリング
道隆は、久々に気分転換に、ツーリングに出かける事にした。
そろそろ春になろうという季節。道路の凍結がまだ心配された為、山ではなく海沿いのコースを選択した。
以前は別れた彼女をバイクの後ろに乗せていたが、これからはバイクも人生もまた寂しい一人旅へと戻った。
一人でツーリングに出掛けたのは、一人部屋で悶々と考えこむ時間を少しでも少なくする為だった。
運転と景色に集中し、思考を止める。一応目的地と呼べる場所に着く頃には、嫌な事はふっ切れていた。いつも、そうしてきた。今回も、そうだと思っていた。
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道隆は、目の前で甘いデザートにかぶりつく女性を見ながら、昔の事を思い出して笑った。
「…何を笑っているのですか?」
顔に「気持ち悪いのですが」と張り付けて、女性は道隆に問う。
「いやちょっと…私達の出会いを思い出していました」
「…ああ、貴方のナンパな頃ですか」
道隆は薮蛇だったかな、と思いながら、
「私がナンパな人でなければ、今ここにいないのですから、いいじゃないですか」
女性は素直に「それもそうですね」と言いながら、再度パフェに夢中になった。
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道隆は、今回の目的地を湊川公園という海岸沿いにある公園に定めて、バイクを飛ばした。
二時間程で着いたが、出発したのが20時だった為、着いたのは22時頃だった。
……目的地の設定を誤った、と感じたのは着いて直ぐの事。
夜のロマンチックな景色付きの公園。
当たり前だが、カップルだらけだった。
「……うわあ、自分で傷えぐる様な場所に来ちゃったよ……」
道隆はぼそりと呟き、Uターンしようとした、その時。
視界の隅に、自分と同じく一人でいる女性を捉えた。
彼女は何をしているんだろう……?自分と同じく、傷心なんだろうか……?
そう思った道隆は、その女性に引き寄せられるように歩いた。
徐々に女性の姿がハッキリとしてきた。
歳は自分と同じ、大学生くらい。
姿形は……かなり、可愛い。
ヒラヒラとワンピースを靡かせているその女性は、近寄ってきた道隆に微笑みかけた。
道隆は、その微笑みに後押しされて、声を掛けてみた。
「こんな夜遅くに一人でいると、危険ですよ?どうかしたんですか?」
「それが、道がわからなくなってしまって……」
女性は本当に困り果てているらしい、ぱっちりとした瞳が潤んでいる。
失恋したばかりのハズの道隆は、胸をズキューンと撃ち抜かれた気がした。(言い回しがアレなのは、著者のせいでなく主人公のせいである)
膨れ上がった下心を抱えて、道隆は親切そうな仮面を被り、女性に提案した。
「近くの駅までお送りしますよ」
「……え?よろしいのですか?」
「ええ。あ、近くにバイクを止めていて、それだけとってくるので、ちょっと待ってて下さい」
「バイク?」
「ええ」
「……ちょっと、乗ってみたい、かも」
道隆は胸を躍らせた。
彼女にするなら、怖がらない女に限る!
前の彼女のメットは…ラッキーな事に、シート下から動かしていない。
こうした無神経さが彼女との別れの原因なのだが、それには気付かずに、知り合ったばかりの女性を乗せる事にした。
「じゃあ、10分くらい流すけど…スカート、気をつけて下さいね。それと、もし怖かったり何か用事がある時は、手で軽く私の腕を叩いて下さい。止まりますから」
一先ず、海岸沿いで夜景を見ながら、JRの方に向かって流す事にした。
バイクに跨がり、出発する。風が程よく肌に刺激を与え、気持ちいい。
「凄い、綺麗ですね」
女性にそうでしょう、と答えながら何か違和感を感じた。
やはり、腕のまわしかたとか密着の仕方とかが前の彼女と違うからだろうか……道隆は苦笑した。
そこに。
物凄い爆音を響かせたバイクが一台、近づいてきた。
一旦、道隆のバイクの横に着けたが、抜かす事なく再度後ろに回り込む。
道隆は無視を決め込む事にした。タンデムしているバイクをやっかむ輩は、意外と多いものだ。同じバイク好き同士仲良くしたいものだが……
爆音バイクは、直ぐにパッシングをし、止まる様合図をしてきた。
「……怖い……止まらないで……」
女性が泣きそうな声で言う。仕方ない、問題は起こしたくないのは自分も一緒だ。バイクをまくか国道に出ようと、決めた。
しかし、そのバイクは先制を仕掛けた。
今度は真横に着き、叫んだのだ。
「バイクを止めろ!!」
道隆は耳を疑った。
その声は、確かに女……しかも、かなり若い女の声だったからである。
毒気を抜かれた道隆は、後ろの女性の嫌がり方を気にしつつもバイクを止めた。
爆音バイクも、道隆のバイクの前に通せん坊するように止めた。
烏を思わせる様な、黒だった。
バイクも、メットも、女が着込むボディスーツも、靴も、長い髪も。
その時、道隆の背筋首筋に、ぞくり、と何かが伝う様な感じがした。
バイクの女はメットを外し、じっと道隆達を見ながら言った。
「手荒な真似をして申し訳ありません。けれども、命拾いしましたね」
意味がわからない道隆は、聞き返す。
「え?」
「……後ろに乗せるのは、人間の女だけにしておかれた方がいいかと」
道隆の横にいたワンピースの女が、急にバイクの女に襲い掛かった。
道隆は、確かに見た。
自分好みの顔は骸骨と化し、綺麗なワンピースは血まみれになっていたのを……
その後の道隆の記憶は、殆どない。
バイクの女は除霊師で、道隆が妙なモノ(霊)を乗せていたのを偶然見かけた為、このままだと霊にあの世に引き込まれると感じたらしい。
今思うと、公園で一人きりでいる女性、まだ寒い季節でヒラヒラ(夏用)のワンピースしか着ていない女性、メットをしているのに難無く聞こえた声……違和感の正体はこれか、と沢山思い当たるけれども、その時は全くわからなかったのだ。
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「忍様、それ食べ終わったらさくさく仕事に行きますよ」
「……わかりました」
その時道隆を助けてくれた除霊師は、無表情かつ陰気な顔をして答えた。
普段はもう少し表情豊かだが、仕事モードになると、当時から変わらない。
除霊師の子守と心ない者は言うけれども、彼女のマネージャーという仕事を気に入っている道隆としては、やはりあの時、幽霊をナンパしてよかった、と除霊師が聞いたら怒りそうな結論に至っていた。