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運び屋

その国は独裁政権が成立しており、貧富の差が激しかった。



その国でその男は、腕の良い運び屋という身分で、中の上の生活をしていた。



彼が運ぶ物は、重要書類から武器、臓器、薬物、動物等様々だった。



通常、運び屋というと、中身を知らずに運ぶという者が多い中、男は必ず運ぶ物を実際に目にしてから運んでいた。



それは男のポリシーであった。


運ぶ物に対し、無責任な行動がとれない様、自分をあえて依頼人と同じ立場に追いやる事によって、責任を持って運びきる。



そうして今迄、全ての荷物を男は100%運びきり、依頼人からの信用も獲得してきたのである。



またその男には、目に入れても痛くない程可愛がっている一人娘がいた。



彼は、この国で女性が上手く暮らして行くのには何より賢さが必要だと考え、その娘を全寮制の中学に入れていた。



娘は男の期待を裏切らず、非常に賢い娘に育った。



別々に過ごしているせいか自立心が非常に高く、多少金銭的に無理して全寮制を選んだ男に対して、お金はバイト等をして稼ぐので、仕送りは要らないと言ってきた。



娘の心配りに胸をうたれたが、流石に親として、そこまで心配されたら沽券に関わると、仕送りをやめることはなかった。



つまり男にとって、娘は唯一の弱点だったのである。



そんなある日の事だった。




‡‡‡‡‡‡




……これは……脅しか……?



彼は、最近の仕事内容に懸念を抱いていた。



彼の目の前には、娘と同じ制服を来た、若い女性……いや、少女と言うべきか。



今回の運ぶ物は、勿論その女である。



彼は今まで、産まれたばかりの赤ん坊や、死にかけの男性、そして幾つかの死体も運んだ事があった。



それに比べたら、手足を拘束され、気絶している今回の女はえげつない対象ではなかったが、男は動揺を隠せなかった。



馴染みの仲介人が、そんな男の様子に首を傾げる。



「おい、今回もやるんだろうな?」


「あ、ああ……」



彼が娘と同じ制服を来た女を運ぶのは、これで5回目だった。



どう考えても、大切には扱って貰えそうもない相手に引き渡した記憶がある。



もし、依頼相手が娘の存在を知っていて、自分に脅しをかけているのだったら――!?



有り得ない事では、ない。



依頼人も同業者も、そして運ばれて困る相手も、自分を邪魔臭く感じる事は多分にあるだろう。



……一先ず、娘の無事が優先だ。



仲介人にちょっと席を外して貰い、急いで娘に電話を掛けた。



娘は、男の仕事を知っている。

賢い娘だから、変な奴にひょこひょこ着いていったりはしないだろうが、無理矢理拉致されている可能性は十分にある。




プルルル……プルルル……



5回目のコールで、無事娘が電話に出た時には、安堵のため息がもれるのを止められなかった。



『パパ、久しぶり~!電話なんて珍しいね、どうしたの?』


「いや、何かあった訳ではないのだが……」


もしかすると、怪しい者が娘の傍にいて普段通りに会話する様指示しているかもしれない。


男は娘の声以外の物音に意識を集中させた……


が、特に気になる気配は聞こえない。


また、そういった事態に備えて娘とは、普通の会話に聞こえる暗号を用意していたが、娘がそれを持ち出す事もない。



『……でね、最近ちょっとバイトが忙しくなってね……』


「そういえばお前、バイトって何をはじめたんだい?」


『それは今度会ったら説明するね!あ、そういえばこの前、テストがあって……』


娘は、久しぶりの父からの電話に興奮気味だった。


男は苦笑して、人を待たせているから、と適当なところで電話を切った。


自分が汚い仕事で稼いでいる分、娘には清らかなまま、すくすくと育って欲しかった。


この国では清らかなまま生きるのは難しいが、賢さで困難を乗り越えて欲しい。




‡‡‡‡‡‡




男は、娘の転校を決めた。


というのも、とうとう男が運んだ《娘と同じ制服を着た娘達》は、10を越えたからだ。



中の上の生活をしている娘達が何人も忽然と消えたので、世間も流石に騒ぎ出していた。


娘の周りでも、幾人か既に転校をしたらしい。


男は娘に思い切ってそれを話すと、意外にもすんなりと受け入れてくれた。


……やはり、それなりに心細い思いをしていたのかもしれない。


男は自分の対応の遅さを恥ながらも、転校の手続きをとった。


次の学校は、もっとセキュリティのしっかりした安全性が売りの学校だった。


転校するに当たって厳しい試験があったが、娘は当然の様に合格をし、何事もなく引越しも完了させた。



それから幾日もたたないうちに。


男は、自分が甘かった事を思い知らされた。


今度は、娘が入った新しい学校の制服を着た娘達を運ぶ事になったからである。



偶然の一致とは思わないが、依頼人は男に対して何も行動を起こさなかった。


……依頼人の、目的がわからない。


娘が無事ならいいじゃないかという思いと、いつか娘にまで魔の手が及ぶかもしれないという思い。二つの思いの間で揺れながら、とうとう男は依頼人と話をつける事にした。



男は、運ぶ物(依頼人)には首を突っ込まない、というポリシーもあったが、今回、初めてそれを曲げたのである。



仲介人に連絡をし、依頼人との面会を求めた。


仲介人は今までにはない男の行動に驚いたが、直ぐに動いた。




てっきり断られるかと思っていたその願いは、呆気なくOKの返事を頂く事が出来たらしい。





「パパ~♪」



心臓が、止まるかと思った。


待ち合わせは、襲撃しにくい人気のカフェテラス。


後10分で、依頼人との待ち合わせの時間……という時に限って、娘が偶然に男を見つけたらしい。


当然の様に男の前の席に座る娘を、慌てて追い払おうとした。


「今、大事なお客さんと待ち合わせ中なんだ。また今度な?」


一瞬娘がここにいるのは依頼人の仕業かと思い、素早く周りを見渡した。


……しかし、怪しい動きをする者は見つからなかった。


娘は小首を傾げて、


「え?私をここに呼んだのってパパじゃないの?」


と言った。


……依頼人は、手紙か何かで娘を呼び出したのか。男の名を語って……


そう考えた男は身の危険を感じて、娘を連れてその場を離れようとした。




娘はそのカフェがよかったのか、ぷーっと可愛らしい頬を膨らませて苦情を言った。




「さっきの店でよかったじゃない。で、パパ。仲介人に頼んで私を呼んだ理由って何?」




その瞬間、男は娘のバイトが何かを理解した。

男は絶望し……そして翌日、道端で自殺しているのを通行人に発見されたという。

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