表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/139

病院

カラ……



カラ  カラ……



カラ  カラ  カラ……





なかなか寝付けなかった私は、やけにその音が気になった。




ここは、ガンセンター。病院である。



今、この四人部屋の中には私しかおらず、話し相手もいない。



私は60の頃からガンを患い、手術をしたが四年目に再発、以来市民病院の手を離れて六年ほどここのガンセンターに入退院を繰り返している。




入院患者は全てガン、という分かりやすさもあり、私の様な高齢者にもなってくると、大部屋に入れば仲間意識で話題も盛り上がり、意外と明るく過ごしているものだった。



勿論、若者は話が別ではあるが。




だから個室を選ぶ事は今までなく、今回も大部屋を希望した。



なのに、一人だ。






その理由は何となくではあるが、理解している。



この大部屋は、所謂「でる」部屋なのだ。



いつ聞いたかは覚えていないが、入退院を繰り返すうちに、その時同室だった患者からたまたま聞いた。



この部屋は、普段使われておらず、余りにも収容人数が多くなってしまった時のみ開放し、ベッドが空き次第直ぐに他の大部屋へと移動させるのだ。



昨日までは、私の他にもう一人いた。



そのお陰ですっかり忘れていたが、一人になると、嫌でも思い出す。



それが寝付けなかった理由のひとつだとも、気づいている。




カラ  カラ  カラ  カラ……




看護婦が、台車を押す音だろうか?




こんな夜中にご苦労な事だ、いやしかしそれが仕事だ。




カラ  カラ  カラ……




音が止んだ。




私のいる、大部屋の前で。





「看護婦さん?」




私は、怖さを紛らわす為にわざと声を掛けた。



が。




……   ………   返事はない。




しかも、ヤバイ。



恐怖のせいか、物凄くトイレに行きたくなってきた。

夜独特の冷気も、それを後押しするようだ。




カラ  カラ  カラ……




大部屋の前から、今度は台車が遠ざかっていく音が聞こえてきた。





私に用があった訳ではないのか?



まさか本当に幽れ……いや、そんな訳がない。






幸い、トイレはこの大部屋の直ぐ近くだ。



私のいる大部屋の横に、トイレと非常階段

、そして渡り廊下がある。



渡り廊下の先は旧病棟につながっているらしいが、そこは普段施錠されていて、看護婦さん以外出入りをする姿を見たことがない。




私は、恐怖を紛らせる為に、わざとスリッパを大袈裟に鳴らしながらトイレへと向かった。




小用をさっさと済ませ、大部屋へと戻ろうとした時だ。







カラ   カラ    カラ




………!!!




先ほどの、台車の音が…大部屋の方から、聞こえてきた。





…きっと、夜勤の看護婦さんが循環しているのだ。




そうだ。




私は思い直して、トイレから廊下へと出た。














そこには






荷車を押した






一人の老婆が立っていた。







私の気配に気付いたのか





その老婆は、ゆっくり……





ゆっくりと、顔をあげた。








顔はしわくちゃで





その表情を読み取る事は出来ない。





背丈は子供の様に小さく





落ち窪んだ眼球はギラギラと此方を睨みつけていた。




「ひっ……!!!」




いや、きっと何処かの部屋の患者だ!!



だが、長く入院している私でも、こんな婆さんは見たことがなかった。





婆さんと対面したまま、私の足は、動かない。





どうする……?





どうしたらいいんだ?





その時、老婆は手を伸ばして近づいて来た。





地を這う様な声で




「あんた………見たねぇ…………?」




と、言いながら。






***






「こっちに!!」




動かない私の手を、後ろから誰かが引っ張ってくれた。




金縛りが解けたように、足は後ろへとスムーズに動いた。




振り向くと、一人の看護婦さんが、私の腕を掴んで渡り廊下へと導く。




「早く!急いで下さい!!」





私は足をもつれさせながらも、その短い距離を懸命に走り……





看護婦さんについて、旧病棟へと初めて足を踏み入れた。






***






「ねぇ、看護婦さん」




「何ですか?角田(つのだ)さん」




今は看護師って言うんですよー、と軽く言いながら、今日の担当看護師はにこやかに答えた。




「あたしゃ昨日、幽霊見たかもよ」




私がそう言うと、看護婦さんの笑顔はひゅっと引っ込み、変わりに強張りが顔面を埋めた。




「もう、やめて下さいよー!」




でも話は聞きますよー、と言うので、遠慮なく話してやった。




「ホラ、あの4階の渡り廊下の手前の大部屋あるじゃないか?昨日、夜中の散歩で初めてその辺まで行ったんだけど」



看護婦さんは、顔色を変えて怒った。

お散歩していいのは3階だけですよ!と。



私はそれを聞き流して続けた。



「そこまで行ったらね、やけに寒くてさ。看護婦さん、って声がしたから、邪魔しちゃいけないと思って一旦引き返したんだけど」




その大部屋には、誰の名前のプレートもなかったはずなんだよねぇ。




「それを思い出して、また大部屋の方に行ったんさ。したら、大部屋の先のトイレの前で、ぼーっと男の人が立ってたからさ、なんだ、この人だったのかと思って」




けどあたしゃこの顔見られるの嫌いだろう?その為の個室だし、夜中の散歩だ。




「何処の部屋の奴なのかと思って、そいつ掴まえようとしたら…これまた、さっきまでいなかった筈の看護婦さんの服着た女の人が現れて」




二人して旧病棟へと消えてったよ、鍵かかってんのにさぁ。




私がそう笑って言うと、看護婦さんは黙った。
















その看護師は、この老婆が人嫌いで個室にこもり、他の患者と世間話をしないと知っていた。




そして他の看護師が、老婆に大部屋の事を話すとは考え辛い。



ましてや普段は、この老婆が看護師に声を掛ける事も決してないのだ。









う~ん、4階には配属されたくないなぁ…



話を聞いた看護師は、ぼんやりとそう思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ