ゾンビワールド
この世はゾンビに侵食されはじめている。
しかし、世界はそれに気付かない。
何故か、ゾンビという真実が見えるのは俺だけだからだ。
事の発端は、1ヶ月位前だと思う。
少し体調が悪かった俺は、駅構内に座り込んでいた。
だらしないが、仕方ない。
駅員に声を掛ける、キャラでもない。
頭を下げて、目を伏せていた俺に、女性の声が降りかかった。
「…大丈夫ですか?」
億劫だな。
けど、好みの女かもしれない。
俺が顔をあげると、少し歳はいっているが、それなりに可愛いと言える女が立っていた。
そして、その横に男物の服を着たゾンビが立っていた。
声にならない悲鳴をあげながら、俺は自宅に飛んで帰った。
あんなものを見て、漏らさなかった自分を褒めたい。
***
その日は一日、ニュースを見て過ごした。
ゾンビなんてこの目で見るまで信じられなかったが、あれがテレビで取り上げられない訳がない。
世間は大パニックに陥るだろう。
…しかし、ニュースは静かなモノだった。
?
何でゾンビがやらないんだ?
まだ見つかってないのか?
駅にいたのに??
俺は不思議に思いながら、しかし次に遭遇したら襲われるかもしれない、と思った。
次の日。
護身用に、バタフライナイフをポケットにしまい、外に出る。
俺がボロい外階段を降りると、下に住む大家のオバチャンに引き止められた。
「ちょっと!家賃がまだなんだけど!?」
オバチャンは自室に俺を引きずり込むと、そう言い募りながら…顔を爛れさせた。
「ひっ…!!!」
目の前で、オバチャンがゾンビになっていく。
俺は、一心不乱にゾンビにナイフを突き刺した。
そして、すぐさま自室に引きこもる。
ゾンビだ。
やっぱり、ゾンビがいる。
身体中が震えている。
俺の少ないゾンビ知識を総動員させると、確かゾンビの攻撃とか返り血には要注意だ。
俺までゾンビになってしまう。
俺は直ぐさま来ていたTシャツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。
口の中に、血の味は…しない。
よかった、ゾンビの血を飲んだ訳ではなさそうだ。
俺は全身を洗い、くまなく血痕を洗い流した。
「あ」
ゾンビと言えば、急所は頭じゃなかったか?
俺は本当にゾンビを倒したのか?
今こうしている間にも、ゾンビが立ち上がって、足を引き摺りながら俺の部屋に向かっているように思えた。
俺は意を決して再度バタフライナイフを手にし、本当にゾンビを倒したのか確認する為、オバチャンの部屋へと戻った。
***
懐かしいな…
それからは、あっという間だった。
通りすがりの人間も、テレビに映る奴等も、ゾンビが混じる様になっていった。
だが、誰も何も言わない。気付かない。
不思議と世界は回っている。
物流も途絶えず、都市は荒廃しない。
俺は、ゾンビに対する抗体をある男から購入していた。だから、ゾンビは俺を襲わないという。
あの日オバチャンゾンビは、うつ伏せに倒れたままだった。
なんだ、頭が急所と言うのはデマか。
とは言え、いつ起き上がるともしれない。
俺はビクビクしながら、家探しをした。
ゾンビに金は必要ないだろう。
だが、人間である俺には必要だ。
少なくとも、ゾンビに世界が食い散らかされるまでは。
俺はその日、男から薬を買う予定だった。
だから、家賃が払えていなかった。
オバチャンは、タンス貯金をしていた。
それも、一千万。
よくぞ、このボロいアパートでそんなに稼げたもんだ。
しかも、このボロいアパートに隠す気になったもんだ。
いや、ボロいからこそ泥棒も入ろうとしないのか?
何にせよ、俺には棚からぼた餅だった。
俺は、その中から少額を拝借すると、会う予定の男との待ち合わせ場所に急いだ。
待ち合わせ時間には大幅に遅れたが、事前に連絡しておいた為か、男は不機嫌な様子もなくむしろニヤニヤと愉快そうに待っていた。
「なんだお前、とうとう薬買う金なくなったかと思ったぞ」
オバチャンのタンス貯金がなければ、確かにそうだ。
俺は、男から薬を買い取った後、ゾンビの話をしてみた。
まぁ、信じて貰えず馬鹿にされるかも、なんて思いながら。
「なんだ、お前も…見える様になったのか」
男の返答に驚いた。
男は真顔で言った。
「いいかお前。お前が買った、このクスリ。
これは、運が良ければ、ゾンビが見える様になる。
そして…こっちのクスリ。
こっちを打てば、1週間位はゾンビに襲われなくなるんだ」
俺は、初めて見る注射器に戸惑った。
「一本、一万円。買うか買わないかは、お前の自由だ」
俺は、試しに3本買った。
男は去り際、
「俺がゾンビに見えても、殺さないでくれよ?」
と冗談にならない冗談を言った。
次に男から薬を買うのは、1ヶ月後…つまり、今日だ。
それから、俺は1週間に一回、注射をした。確かに薬を打つと、ゾンビが近寄らない。
遠巻きに眺めてくるだけだ。
しかし、この1ヶ月でわかった事もある。
ゾンビがいようがいまいが、人間がそれに気付いていない時点で、世界は変わらない。
スーツを着たゾンビがいるって事は、働いているって事だろう。
働いているって事は、金銭が動くって事だ。
この世はサバイバルゲームになる訳でもなく、変わらず無職の俺は、爪弾き者って訳だ。
なんだ。
世界は変わらないのか。
だとしたら、金が今後も必要なんだとしたら、オバチャンの一千万があるとはいえ、1週間で一万円は高すぎる。
しかも、ゾンビが人間を襲っているところを見た事がない。
さて。今後はどうするか…
俺は男から薬を買い付けるため、久しぶりに昼間、外に出た。そして公園を横切ろうとした時だ。
キッとチャリを駐める音がした。
振り向くと、警官の服を着たゾンビが此方を向いていた。
ゾクリ。
空っぽの、無いはずの眼球と目が合った気がした。
ゾンビは、何かを言いながら、こちらに片手を伸ばしながら近付いてくる。
ヤベェ
注射器で薬を投与したのは1週間前。
ちょうど、薬が切れたのか!?
ゾンビは迷いなく、こちらに向かって来る。
…襲われる!!!
俺は、走って逃げ出した。
それを追い掛け、襲ってくるゾンビ。
ゾンビに、ナイフで応戦する。
倒れるゾンビを見て安心したが、俺は周りを見て驚いた。
他のゾンビが、俺を取り囲んでいる。
あちらこちらからゾンビが手を伸ばし、俺を抑えつける。
最後まで諦めずにナイフを振り回したが、人数に差がありすぎた。
この人数では駄目だ、俺は食われるのか!?
俺は、ゾンビの群れから這い出そうと、必死で手を伸ばした………
***
俺の客の一人が殺人容疑で捕まった。
まぁ、覚醒剤の末期症状出てた奴だったから、そろそろ何かしらで捕まるだろーなー、なんて思ってはいたが。
驚いた事に、1ヶ月前の俺と会う前、既にアパートの大家を殺していたらしい。
俺に対して幻覚作用おきなくてマジ助かった。
俺がゾンビに見えたなら、きっと奴は俺も殺そうとしただろう。
真っ昼間の公園で、警察官殺してんだから。
しっかし、大家の金あったんなら、もっとクスリ代吹っ掛ければよかったわ。
あーあ、失敗した。
しかし、今回はゾンビワールドか。
前はゴキブリ、その前は蛆虫だったか。
色んなモノ見せてくれんだね、覚醒剤ってやつは。