ドッキリ大作戦 2
そこは、俺が親父の様に慕っていた叔父さんから譲り受けたカフェだった。
実の両親への反抗心が強かった俺は、大学卒業後もフラフラと定職に就かず、叔父さんのカフェでバイトらしき事をしながら、遊んで暮らしていた。
叔父さんが急逝し、カフェの処分に困った親父達は、結局俺にカフェのオーナーをやらせる事にしたらしい。
カフェのオーナーなんて、と叔父さんの事を馬鹿にしていた。そんな過去を、本人達はすっかり忘れている。
いつもは親父達の言いなりになどならないが、この時ばかりは違った。
お世話になった叔父さんが大事にしていたカフェを潰すには惜しく、反抗期を迎えて初めて、親父達の指示に従う形でカフェのオーナーとなった。
***
とは言え、俺に経営なんて出来る訳がなかった。
そして、叔父さんの出すコーヒーの味を守るには、まだまだ修行が足りなかった。
常連客は一人二人と離れていき、チェーン店と変わらないチープな味でも、安ければ問題ない学生達が、それに取って代わった。
駅からはそんなに近くはないが、大学のキャンパスへの通り道という立地に助けられた。
俺は心の中で叔父さんに詫びながら、それでも俺がオーナーになった事で、時代の流れに乗った気がしていた。
「……へぇ!お前の店かよ、すげーじゃん」
大学時代の友人が、閑古鳥の鳴く店内を見回しながら、それでも賛辞を述べた。
「店の作りだけはな」
俺も、店内は気に入っている。
マホガニー調の重厚な感じ。
けど、電球をいくら変えても、薄暗い印象はなくならない。
雰囲気があると思えばまだ許せたが、この暗い印象が払拭出来たら、もっと良いのにと常々思っている。
しばらく雑談していると、友人は身を乗り出して言ってきた。
「なぁ、今度この店に俺の彼女連れて来ていいか?」
わざわざ俺に断る意味がわからない。
「?…連れて来たいならそうすればいいだろ?」
「違う違う、単に連れて来るだけじゃつまらないじゃん?ちょっとしたビックリを仕掛けたいんだよ!」
詳しく聞くと、一般人がドッキリを仕掛けられているテレビ番組を、たまたま一緒に見たらしい。
彼女は、「こんなの引っかかる方がおかしい」という内容に終始したという。
「いっつも澄ましたクールキャラだからさぁ、ちょっと驚くところみたくて」
ニシシ、と笑う友人に悪気は見られなかった。
が、客が嫌な思いをして足が遠のくのは避けたい。
結局、その時に他の客がいなければ、というのを条件に俺は友人と約束した。
***
〝今からどうだ?〟
友人からメールが来たのは、それから直ぐの事だった。
店内は、今日も空いている。
店の一番奥に、常連客の寺田さんがいるだけだ。
寺田さんは、もう70をとっくに過ぎたじーさんで、叔父さんがオーナーをしていた頃からの常連客だ。
…いや、正確には客ではない。
というのも、寺田さんは何も頼まないからだ。
毎週水曜日、フラリとやってきて、店の奥の定位置に座る。そこで、ずっと単行本を読み耽り、フラリと帰って行く。
そんな寺田さんに、叔父さんは水だけ提供していた。
俺の代から来るな、とは言い辛くて、結局その習慣は続いている。
が、別に煩い訳ではないし、店が一席埋まったところで困る訳でもない。
店に一人の客すらもいない、というのは一見さんには入り辛いものだから、サクラとして見做していた。
〝大丈夫だ〟
俺が返信してから直ぐに、女性客が一人やってきた。常連客という程でも無いが、顔は見た記憶がある。
一瞬、友人に取り止めのメールを入れようかと思ったが、一人であるし、それとなく様子を見ながら、詫びのドリンクか何かを入れればいいか、と思い直した。
単に、面倒な事はさっさと終わらせたいと思っただけではあるが。
女性が注文したキャラメルマキアートを提供した頃、カランコロン、とドアベルが鳴った。
本当は、この古めかしいドアも自動ドアとかにしたいのだが、予算の都合で延ばし延ばしになっている。
「いらっしゃいませ」
「よぉ」
片手を上げてニヤニヤしながら近づく友人。茶番劇のターゲットと思われる茶髪の彼女は、ペコリと頭を軽く俺に下げながら友人の後に続いて入ってきた。
ん?
彼女の後にももう一人、前髪がヤケに長い、暗そうな男性が続いた。
てっきり二人で来るものだと思い込んでいたが、友人は他の男も巻き込んだらしい。
てか、先に言えよ。
そいつ、今回のドッキリについて、知ってるのか?知らないのか?
…まぁ、いいか。
俺は頼まれていた事だけをすればいい。
「こちらのお席へどうぞ」
普段は勿論、席の指定などしない。
が、店奥のじーさんとカウンターに座る女性客から多少離す為に、窓際のテーブル席を案内した。
ええと…3人だから、水は四つ用意して、と。
窓際に、友人と彼女。彼女の隣に根暗男が座っていた。俺は、後一人がいるかの様に、4カ所全てに水を置いた。
「コレ、俺の彼女。コレ、俺のダチ」
友人は親指を彼女と俺、交互に向けて、雑すぎる挨拶を済ませた。
「ご注文がお決まりになりましたら伺います」
俺はニッコリ営業スマイルを貼り付け、テーブル席を後にした。
カウンター席に座った女性と目が合う。
ペコリと目だけで挨拶すると、カウンターの中に入った。
「ねぇねぇ、何でお水四つもあんの?」
「サービスじゃね?」
「やだ、水多めがサービスぅ!?」
きゃはは、と笑い声が店内に響く。
友人に「彼女のどこがクールキャラなんだ?」と心から突っ込みをいれたい。
ちらりと女性客、そして寺田さんを見てみるが、特に気にしている様子はなかった。
仕方ない、気は進まないが、さっさと嫌なことは済ませてしまおう。
友人が片手を挙げたので、テーブル席に近寄った。
「俺はアメリカン、こいつロイヤルミルクティー」
友人が紹介しなかった男は、無言でメニューを指さしている。ブレンドコーヒーか。
友人と、幽霊の分の追加オーダーを何にするかは決めていなかった。
いいや、適当で。
「かしこまりました。アメリカンひとつ、ロイヤルミルクティー2つ、ブレンドひとつですね。少々お待ち下さい」
俺が言うと、彼女は「えっ?そんなに頼んでないけど」と言う。
俺は友人と目配せをし、友人を片手全体を使って失礼にならないように示し「アメリカン」、彼女を示し「ロイヤルミルクティー」、男性を示し「ブレンド」、そして最後にわざと空いた席に向かって「ロイヤルミルクティー、でよろしいでしょうか?」と改めて聞いた。
「は?何で??…そこ誰も、いないじゃん」
彼女は、顔を歪めながら俺に言う。
「……これは失礼致しました。では、アメリカン、ロイヤルミルクティー、ブレンドですね」
最初に間を持たせるのが肝心だ。
幽霊の見える店員が、(あ、これは幽霊なんだ)と理解して飲み物の数を減らす、という印象をつけるために。
くるり、と背を向けると、今度は友人に「おい」と引き止められた。
「…お前、何でブレンドって言ってるんだ?」
「何言ってんだ、お前が紹介しないで…」
俺は男性客の方を見た…が、そこには誰もいない。
やられた。
ドッキリにかけられたのは、俺の方か!
つい友人に強い口調で文句を言った。
「お前、俺にあんな相談持ち掛けといて、本当のターゲットは俺だなんて、悪趣味だぞ」
「何言ってんだよ!意味わかんねぇよ!お前こそ、俺まで驚かせようと…」
「え?何々!?どーゆー事?」
軽い口論になりはじめたところ、女性にしては低く暗めの声が遮った。
「…男性客、確かにいらっしゃいましたよ」
ほらな。
やっぱり友人が俺をドッキリに引っかけようとしてたんだ。
俺の明るくなった表情に対して、客である二人の表情は暗い。
「前髪の長い男性…どなたか、お心当たりは?」
女性客が続けて言うと、友人の彼女は、真っ青な顔をして悲鳴をあげ、店から出て行った。
カランカラン、とベルの音を聞きながら、取り残されたあっけにとられる。
「悪い!また後で来る!!」
友人はやっと彼女を追って、店から出て行った。
「……」
俺は、しばらく何も言えなかったが、我に返って女性客に謝った。
「お騒がせして、申し訳ありません」
女性客にもう一度キャラメルマキアートをサービスしようと、カウンターに引っ込もうとしたが、彼女に話しかけられたので、その場で止まった。
「あの、勘違いされている様ですが…男性客は確かにいましたが、あのお二人には見えていなかったと思います」
俺はギョッとした。
え?あれ、マジモンの幽霊だった?こんな真っ昼間から?
俺の頭の中の疑問を正しく受け取ったのだろう、女性客は続ける。
「時間は関係ありません。このお店は、場所的に霊を集めやすいのです。出来たら…」その先を、彼女は続けなかったが、俺には想像がついた。
「…ご忠告、ありがとうございます…しかしこのお店は、私が守っていかなくてはならないので…」
俺は正直、この女性客を心から信用していた訳ではなかった。
しかも、俺がこの店で幽霊?を見たのは、今日が初めてだ。
今度こそカウンターに戻ろうとして、もう一人のお客さんに目を配ったが、そこには誰もいなかった。
「寺田さん…?」
「あのおじいさんも、大分前から、生きてません」
「はっ!?」
何言ってるんだ?寺田さんは、叔父さんがいた頃からの常連で…
その時、俺は思い出した。
寺田さんは、来る時も、去る時も、俺が気付く事が無い。
つまり、ベルが鳴らないのだ。
気付けばいるから、水を出す。
気付けばいないから、帰ったんだな、と思う。
毎回、そうだった。
「あまり、言いたくないのですが…前のマスターも、貴方の事を心配なさっています。
マスターは…この店に、引きずられたから…」
俺は、その女性客を怒鳴ろうとした。
そんなデタラメ言うなと。
叔父さんの大切なこの店をそんな風に言われて、我慢出来る訳がなかった。
けど、出来なかった。
カウンターの奥に
心配そうにこちらを見つめる
叔父さんが
いた
から