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ロボット

ある企業のトップシークレットである研究室では、二人の博士と、二人の助手が日々研究に勤しんでいた。



研究内容は、人工知能を持ったロボットについて。



人間に近い感覚を与え、人間に近いボディを与えた時、何処から自分をロボットと認識し、何処から自分を人間と勘違いするか、という研究だ。



例えば、売春婦の代わりに、性交用の穴をつけたロボットを作ったとする。

客には、人間よりずっと安い値段で提供出来るし、ロボットへの性病の感染なんかも心配する必要はない。

しかし、客は一見してロボットとわかる相手に性欲が湧くか?一部のマニアを除いて、否だ。



外見はロボットに見えない、人工知能を備えた、きちんとそれなりの「反応」を示す相手であるなら、それは市場となり得る。



介護サービスでも、ホテル業界でも、とにかく接客でロボットの利用価値がある市場なら何でも、いかに人間味を与えるかが課題であった。



そこで、パントリア博士は人工知能を持ったロボットに、人間らしい姿形を与えてみた。

更に、ロボットが感じにくい寒暖、痛覚に対する反応や気遣い、喜怒哀楽といった感情を植え付ける為に、人の記憶をコピーした。



結果どうなったか?

ロボットは、逃げ出した。

人間らしい感情を植え付ける為に、偽の記憶(家族、住居、学校、サークル活動等)を惜しみなく与えた事が、一応失敗の原因とされている。

ロボットは、自分がロボットであることを受け入れられなかったのである。



勿論そのロボットは逃亡中ーこの会社の中ーで捕まり、直ぐに初期化された。




***




「やぁ、アリトン博士。アイラの様子は如何かね?」



パントリア博士が、助手のライアンを連れて話掛けてくる。



「…今、丁度拒否反応を起こしたところです」



きっと、パントリア博士はこの状況を見て、全てわかっていて聞いているのだろう。

アイラとは、私の助手である。

そして同時に、研究対象…ロボットでもあった。



失敗に失敗を重ねた日々の研究の末出来たアイラは、高度な知能を持ちながらも自分をロボットであると認識し、雇い主の指示に従う、優秀なロボットである。

しかし、人間の記憶を断片的にしか入れていない為、感情の起伏は少ない。また一から教えなければならない事が多いというデメリットもある。



そして、アイラのボディは一見人間そのものであった。

他の研究者との連携により、人間の消化器官を模したものを体内に入れる事で、食事を取る事が可能になっている。

勿論、それは時間コントロールで一日に1回、体外に排出される仕組みだ。



ロボットのボディは、日に日に進化している。

皮膚からマザーを起動し続ける為の必要な電源を確保し、睡眠カプセルに入る事で日中に必要とする動力を補う。

先程の様に、食事も出来れば排便、簡単な入浴、性交等も可能だ。

流石に発汗機能はないが、口腔内には顎と舌の動作以外、つまりは涎等の機能は備わっている。


以前はこれにプラスして、皮膚下部全体に毛細血管に似たもので覆い、様は少量の出血状態も可能であった。

つまり、簡単な傷をつけると、そこからは血に似たものが出たのである。

皮膚の再生機能まではまだ不可能であるが。




こうして説明すると、進化を遂げたボディをまた退化させている様に聞こえるかもしれないが、これもまた研究結果がもたらしたものである。


ボディが人間そのものに近ければ近い程、ロボットは自分を人間扱いさせたがる。もしくは、人間になりたがる。

人工知能が高ければ高い程、服従ではなく支配をしたがる。



そして、人工知能が一定以上あると、人間で言うところの自殺…我々はこれを拒否反応、と呼んでいる…を、する事もわかっている。



我々の研究は、既に佳境に入っている。



様は、バランスだ。

利用する人間が満足する程度の人間らしいボディ。

人間への服従が絶対のロボットらしさ。

人間味を併せ持ちながらも、拒否反応を起こさない人工知能。



今回のアイラは、感情面があまり人間らしくなかったので、もう少しだけ記憶を取り込ませた。

しかし、その取り込ませた記憶の内容がまずかったらしい。



彼女の右手の動きが悪いというので、人間で言うところの神経の様子を見ようとしただけだった。

腕の皮を一部剥いで、骨の代わりに並ぶコードを目にしたアイラは、機能ストップした。



剥ぐ時に、嫌だ嫌だとは言っていたが、無線で痛覚を切っておいたから大丈夫だと思ってしまった。





どちらにせよ、メンテナンスの為にわざわざシャットダウンしなければならないなんて不良品と言われかねない。

いや、むしろボディのメンテナンスは、手の届かない範囲以外は自分でやる位の能力を与えたい。

自分の剥き出しになったコードを見ただけで拒否反応なんて、もっての外だ。



よし、なかなか優秀だと思っていたアイラにも、新たな課題が見つかった。

こうしたアクシデントは、商品が出回る前にあればあるだけ、いい。



極力、前向きに考え様とした。



というのも、今回のアイラは、私の研究対象として、そして助手として、一ヶ月は初期化せずに一緒に過ごせた初めての事例だからである。



私はガッカリしながら、パントリア博士に今回の拒否反応の考察と次回の対応を簡単に述べた。



「アリトン博士、了解した。君は記憶力にとても優れているが、私はそうではない。

今回の事をまとめ上げたら、報告書を提出してくれ」



「わかりました」



パントリア博士は、私の親の世代だ。

私は書物やテレビ、とにかく見た物聞いた物を完全に記憶する特殊な能力があるが、パントリア博士は老いている上に、そうではない。



あぁ、こんな時に同じ能力を持ったアイラがいてくれたら、随分楽なんだが…




***




私は、研究者の居住する居住棟に移動した。

私の部屋の横にある、アイラの部屋が視界に入った。



アイラは、人間…私とほぼ同じ生活をしていた。



私の隣の部屋から出勤し、食堂で私と同じ食事(昔と違って現代では、固形食と、必要な栄養をバランス良く配合し、味付けされた流動食とでどちらか選ぶのが一般的である)を取り、働いて、たまに娯楽棟に行き、部屋に戻ってテレビや読書で情報収集をし、睡眠カプセルに入り…



何から何まで、同じだった。



私が報告書をまとめ上げたのは、もう日付を跨いだ時間だった。



私はもともと睡眠欲が極端にない。



それでも、アイラと同じ睡眠カプセルを使って目を閉じるのは、人間である私が〝ロボットの気持ち〟に寄り添う儀式の様なものだ。



私は今日も、睡眠カプセルに寝そべり、アイラの事を想った。



アイラは、自分がロボットだと認識していた。

皮膚を剥いだ位で、死ぬ訳ないと、理解しているはずだ。

じゃあ何故だ?



…私は、自分の腕をじっと見た。



私がロボットだとする。

普段は、人間が抱く痛みを理解するため、痛覚機能も備えている腕だ。

それを、剥げるか?



…ロボットでないから、わからない。



先日、手の先をちょこっと切っただけで血が滲んだ、私には出来ない。




***




しかし…あぁ、ロボットと認識しながらも、一ヶ月。

彼女は、そのボディと一ヶ月連れ添ったのだ。

ボディに流れるコードという神経が、本物の様に錯覚したのかもしれない。



あぁ、この考えは、明日になったら熟考しなければならない議題だ。



よく考えてみれば、今迄それ程長くボディと連れ添った人工知能はいない。

その前に、不具合が出て拒否反応が出るか、初期化されるかだったから。



ボディと連れ添う時間の長さが、人工知能にどう影響するのか?



そうだ、市場に出回る前に、それも検討していかなければ…この研究が佳境なんて、何で思っていたんだ。

まだまだ調べなければならない事は、沢山ある…




そして、私の思考はここでストップした。




***




「パントリア博士」


「あぁ、ライアンか」


「まだですか?」


「そうだな…今回の様なヒントでは、全く気付く様子がない」


「そうですか」


「またリセットするか、このまま様子を見るか、どうしたもんか」


「あそこまでアイラと同じ生活をしているのに、自分を人間と思い込むって、何故でしょうね」


「さあねぇ…ライアン→アイラと同じく、名前も私のパントリアから取っているのにねぇ…


私達は違う居住棟にいるのに、その辺無関心だってしなぁ。


食事も、固形が普通なのに、自分を人間と思い込んでいるものだから、ロボットの流動食を人間も食べると誤解しているし。


眠くならないのは体質、人間の能力としてはほぼあり得ない記憶力も、人間の中では秀でた能力って思ってたね。


極め付けは、睡眠カプセルについても、ロボットの為、とかよく分からないこじつけするしなぁ」


「人間である、という事への揺らぎは一切見えませんでしたね」


「あぁ、驚いた。どうやら、君に譲った研究より、〝自分が人間だと信じて疑わないロボット〟の研究の方が、案外早く結果が出るかもしれないぞ…



世の中、ロボットに身代わりを立てたい富豪なんて、幾らでもいるからな」

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