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黒猫

猫には、人間が見る事の出来ない存在を感じる事が出来るという。



私は、我が家の黒猫がじっと廊下の隅っこで上を見上げたまま動かないのを見て、そんな話を思い出した。



「キキ、そこにおばあちゃんがいるの?」


リビングでジュースを飲みながら、黒猫に声を掛ける。


ニァ、と返事が聞こえてきた。



黒猫のキキはもともと、つい一週間前に亡くなった、同居していた私のおばあちゃんが拾って来たのがきっかけで、我が家の一員となった。



キキは猫の癖におばあちゃんから離れようとせず、一日中べったりとくっついて過ごしていた。



おばあちゃんが亡くなって一番がっくりきたのは、父でも母でも私でもなく、キキなのではないかと私は思う。




おばあちゃんが亡くなってから更に、キキはおばあちゃんがよくひなたぼっこをしていた縁側や、庭いじりをしていた狭きスペースにいる様になった。


ご飯の時でも、おばあちゃんの座っていた席を見上げている。



不憫に思った私は、両親がいない時に、キキに「おばあちゃんはもういないんだよ」と毎日、言い聞かせた。



そんな私の努力の甲斐あってか、おばあちゃんの49日が過ぎた頃から、キキは猫独特の気ままさを発揮しつつ、私によく懐く様になった。




‡‡‡‡‡‡




それから、5年後。



我が家の両親は、ここ最近、夜中に言い争いをするようになった。


私は両親の怒鳴り声で目を覚まし、一階に降りていく。


リビングから明かりが漏れ、二人がそこにいる事がわかった。

私はそっとリビングドアに近付き、聞き耳をたてた。


キキは、私の部屋で一緒に寝ていたが、私の気配を感じて一緒に廊下迄着いて来て、私を見上げていた。


口元に人差し指をあて、キキに「しーっ……静かにしててね」とお願いをし、ドアにへばり付いたまま、話の内容を聞こうとした。



しかし、ドアがしっかりと閉じているせいか、内容がイマイチ聞き取れない。


なんとか聞き取れる所はあっても、

「……なのは……貴方のせいよ……」

「俺だって……だ……」

位で、意味不明だった。



私は、世間でいう「夫婦の喧嘩の原因」は大抵、浮気かリストラと安直に考えていたが、判断材料として、今の会話の断片だけでは不十分だった。




中でガタガタと音がし、母が


「とにかく貴方を許せない!!」


と父に怒鳴り、廊下に近付いて来る気配を感じた。


私は慌てて音を立てないように、けれども素早く2階の自分のベッドに入り、寝たふりをした。



それから直ぐに、私の部屋のドアがそっと開く。

母が入ってきたのだ。



私は、狸寝入りがバレやしないかとドキドキしつつ、母の気配をうかがう。



「早紀……」

私の名を呟き、ベッドの横に座る。



母は昔から、この癖があった。父と大喧嘩をすると私の部屋に入り、寝顔を見て立ち去るのだ。


大抵一日限りで、翌日にはぎくしゃくしながらも仲直りするのに対し、これで実は私が記憶にある限りで三日目だった。




‡‡‡‡‡‡




両親の喧嘩が長引くのは、私の精神衛生上良くなかった。



両親が喧嘩をしてから二週間程過ぎたある朝、私が父と一緒のタイミングでリビングに入ると、母は


「おはよう、早紀ちゃん」



私にだけ、挨拶をした。


「お前な!いい加減にしろ!!」


普段は温厚な父も流石に怒りだした。

父が私の前で声を荒げるのは滅多にない事なので、私は驚いて泣き出した。



にも関わらず、二人は朝っぱらから喧嘩を始める。

私は耐え切れずにリビングを飛び出したが、追いかけて来てくれたのは、キキだけだけだった。




‡‡‡‡‡‡




私は、元々おばあちゃんの部屋だった線香の香りのする部屋にいる。



仏壇の前で微笑むおばあちゃんの顔も、涙でまともに見る事が出来なかった。



両親の喧嘩は、朝の事件があってからも継続し、更に二週間位立った今でも解消されていない。


母は泣き暮らし、父は家に帰ってくる時間が遅くなっていった。



「子はカスガイ」と聞いた事があるのに、私は、何も出来なかった。



隣でキキが心配そうな顔で、私を見上げている。




その時、母の声がした。


「……キキ、そこに早紀がいるの……?」



何時か聞いた台詞。


そうだあれは、おばあちゃんが亡くなってしばらくして……



私がキキに言った台詞。






ぼやけていた視界が、クリアになっていく。


おばあちゃんの遺影の横には、私の遺影があった。








母はおばあちゃんの部屋に入ってきた。



キキを抱き上げ、ため息をつく。



「ダメね、私……早紀が死んで、49日も経つのに……あの事故は、あの人のせいじゃないってわかっているのに……責めてしまう……」



目に涙を溜めて、キキに懺悔した。




私は理解した。


父の運転する車で交通事故に巻き込まれ、死んだのだ。


死んだ事を徐々に受け止める時間の猶予が、49日。


私は、両親の会話の中から自分の死と直接関わる言葉だけ意識して聞かずにいたのだ。




もう、おばあちゃんが、迎えに来ていた。



私はキキに向かって手を振り、「後はよろしくね」と言った。




キキは、ニァと鳴いた。

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