恋愛小説
「…もう駄目、我慢出来ない」
目の前の美少年はそう言って(顔を赤らめながら)その秀麗な顔を歪ませた。
一方私は、その美少年に、人気のない公園の草むらに押し倒され、口を手で覆われている。
この体勢と、美少年との距離に私の心臓はバクバクと煩い。
何?
何で?
何でこうなったのー!?
私は、パニックに陥りながら、この美少年との出会いを走馬灯の様に思い返した。
……半年前、私の通う中学校に、彼は転校生としてやってきた。
私とは違うクラス。
けど、私の幼なじみと同じクラスだった。
彼はその美貌で、直ぐにクラスの人気者となった。
彼を取り巻くのもやはり美男美女で、私の様な平平凡凡とした人間なんか、近づく事も出来ない。
そして勿論、彼に気にとめられる事もない。
そう、思ってた。
***
私の幼なじみは、可愛い顔立ちをしていた。
彼女は当然の様に転校生の横に並び、色々と世話を焼いている。
絵になるなぁ…私は、彼女と一緒に帰ろうとクラスまで迎えに来ていたが、気後れして声を掛ける事が出来ないでいた。
「あ!瑠美!」
幼なじみは私に気付くと、ぱぱっと走り寄る。
「ごめんね、待たせた?帰ろうか!」
幼なじみが自分の席に鞄を取りに行くのを眺めていると、物凄い視線を感じる。
…?
その視線は、美少年からだった。
真っ直ぐに私を射るような視線。
恥ずかしくて、顔が勝手に赤くなるのを止められない。
何だろう?
私、どっか変?
何かついてる?
…実は知り合い…な訳ないし…
私が意を決して顔をあげると、その美少年は興味を失ったかの様に、周りにいる友人と歓談していた。
「お待たせー!!行こっか!
じゃあ皆、また明日ー」
幼なじみと一緒に廊下に出る。
一瞬クラスに目を向けると、美少年と目があった。
彼は、怒った様に顔を赤らめ、こちらを睨んでいたのだ。
えええ!?私、睨まれる様な事、したかなぁ…?
しょんぼりしながら、幼なじみと馬鹿話をしながら帰宅した。
***
私は、ごくごく普通の中学生だ。
髪を後ろで束ねただけの、人並みの顔。
体型は(ちょっと)ぽっちゃり。
取り柄と言えば、他人より多少頭が良い位。
趣味は読書。だから多分に漏れず、眼鏡をしている。
うん、面白味に欠ける。
恋愛小説ならば、間違いなく脇役キャラだ。
私と転校生は、幼なじみを介して知り合い程度になった。
「この子、瑠美。私の幼なじみなのー」
えへへ、と笑う様子が可愛い。
男は皆、こういうタイプが好きなんだろうなぁ。
私がペコリと頭を下げて、目線をあげると。
転校生は、(ちょっと)嫌そうな表情を隠そうともせず、ふいっと顔を背けた。
…あれ?(耳が赤い…風邪?)
私は気になったが、自分から声を掛ける事はなかった。
…それから数日後。
私は、幼なじみの恋愛相談にのっていた。
「ホラ、瑠美ちゃんを助けた時あったでしょ?
あれから彼が、気になっちゃうんだよね~」
放課後、ほんのり染まった顔を両手で覆う仕草は、正に恋する乙女だ。
美少年が、私を助けた、というのは、つい先日の事。
一緒に帰ろうとして、幼なじみに近寄った時、普通に足が滑ったんだ。
私が幼なじみに激突する瞬間、転校生が私の腕をガシッと掴んで、助けてくれた。
「…大丈夫か?」
彼は、直ぐに私の腕から手を離すと、(私と)幼なじみに向かってそう言った。
幼なじみが、キュンと来たのもわかる。
私もその時、確かに胸が高鳴ったから。
***
「こんなに可愛いんだもん、大丈夫だよ」
私は幼なじみに言った。
「そう…かなぁ?」
「うん。目だって大きくてパッチリだし」
「ねぇ、瑠美ちゃんもコンタクトにしてみなよ!」
「私の事はいいの。スタイルだっていいし」
「瑠美ちゃん、少しダイエットすれば、直ぐに痩せられそうだけどなぁ…」
「余計なお世話。髪だってフワフワでさ」
「瑠美ちゃんはちょっと…、毎日きちんとドライヤーで乾かしてる?」
「ウルサイ。私の事はいいのー」
少し苛つきながら私が幼なじみと会話をしていると、またあの視線を感じる。
キョロキョロと辺りを見回すと、また美少年と目があった。
今度は、(熱のこもったような瞳で)こちらをジッと見つめ、視線を外さない。
何だか私は、悪いことを咎められた様な気分で俯いてしまった。
彼は、その後しばらく、可愛い幼なじみではなく、私を見ていた。
***
「なぁ、勘弁してくれよ」
「俺の事、そんなジッと見ないでくれない?」
「そんなに見られると、俺どーにかしたくなるよ?」
その日以来、美少年は私と廊下ですれ違う度、そんな事を言ってくるようになった。
そして、幼なじみの事を
「あいつは関係ない。…だから、気にするな」
とも…
どうしよう?
これって、何のフラグ?
私は、幼なじみに悪いと思いながらも、彼に惹かれる気持ちに嘘がつけなかった…
そして、そんな日が続いた今日の事。
私は、趣味の一環である恋愛小説を、自分の教室で書いていた。
もう少し書いたら、幼なじみのクラスへ行こう、とした時だ。
私とそりの合わないクラスメートが、私のノートを取り上げ、声をあげて読み出した。
「えーっと、何なに…?
……半年前、私の通う中学校に、彼は転校生としてやってきた。
私とは違うクラス。
けど、私の幼なじみと同じクラスだったぁ?」
ギャハハ、と笑って、
「何これ、実名じゃん!!しかも、」「やめてよ!」
取り上げ様としたが、手が届かない。
その時だ。
私の視界に、彼と幼なじみの姿が入ってきた。
…恥ずかしさに、目がくらむ。
クラスメートは、そのまま最後まで読み切っていた。
幼なじみの悲痛そうな表情を直視出来なかった私は、取り上げるのを諦めて、唇を噛み締め、俯いく。
溢れてくる涙をこぼさないよう、堪えるのに精一杯だった。
彼が、顔を真っ赤にさせて、クラスメートを睨みつけていた。
そして、幼なじみに何か話掛けー…
気付けば私は、彼に腕を引かれて学校を後にしていた。
そうして、彼に公園の芝生に押し倒される、というイベントが発生したのである。
***
「お前さぁ…本当、最悪」
「初めて会った時から、ジロジロ人の事舐める様に見てさぁ…あの後俺、かなりクラスの奴らにからかわれたんだぜ?」
「デブキモ瑠美、が俺に惚れてるって噂、学校中に広められて」
「しかもあの小説、何だよ?
( ) で、俺の感情脚色するなよ」
「俺は、お前の幼なじみが好きだから、あいつを助けた。触りたくもないお前にまで触れてさぁ」
「何で俺がお前に好意があるって事になってんの?」
「ほんと、マジ、日本語通じてる?」
「なぁ、俺本当にそろそろ限界」
「俺の周りから消えてくんないなら、この世から消えてくんない?」
虚ろな目をした美少年は、そう言ってナイフを取り出した。
私の胸元に、つつぅ…と当てる。
「動くなよ」
彼は低い声で言った。
…え!?私、これから彼に…犯されてしまうの!?
「俺を狂わせたお前が悪い」
そんな熱烈な台詞を私の耳元に囁く。
…ごめんね、私もやっぱり彼が好き…!!
幼なじみに心の中で謝りながら、私はウットリと彼の事を抱きしめた。