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列車

あなた方は気付いていらっしゃっるだろうか。



東京の、とある駅。



その駅の毎回決まった列車だけ、何故か運転手が必ず降りる駅がある。



別に、運転手が替わる訳ではない。



けれども、絶対、運転手が降りる。



列車を正面から見、直ぐに運転席に戻る。



僕はそれを知らなかった。



僕がそれを知ったのは、車掌を経験し、運転手になってからしばらくした頃だった。




‡‡‡‡‡‡




「いよいよデビューですか」


「そうだ、とうとうコイツも一人前だ」


僕は、ベテラン運転手の安藤さんと先輩運転手の木崎さんがそう会話をするのを聞いて、首を捻った。



自分の勤める鉄道会社では、一人前の運転手になるまで半年程ベテラン運転手についてそのノウハウを学ぶ事になっていた。



僕が運転手研修を開始して、一ヶ月が過ぎた。


だから、「デビュー」は一ヶ月前にしている訳だし、「一人前」迄は後五ヶ月もある訳だ。



安藤さんは、僕に今日のルート説明を行いながら言った。



「今日は、運転手を目指す者にとって、一番の難関ルートだ。人によっては、このルートを経験した後、辞める者もいる。俺はお前には頑張って貰いたい、と思っているから、今日の経験はしっかりと受け止めろ」


「はい!!」



ちらりと見たところ、そのルートはたいした事はなさそうだった。


急なカーブがある訳でも、信号の位置が見にくい訳でも、乗客が見渡せない程ホームが曲がっている訳でもない。



……楽勝だと思うけど……安藤さんは僕のその感情を読み取ったのか、ちょっと不安げに僕の様子を見ていた。




‡‡‡‡‡‡




僕達は、本日ラストの列車に乗り込んだ。



始発駅を21時25分に出発。

発車のベルが鳴ると高まる興奮は、昔も今も変わらない。

昔からこの音は大好きだった。



今のところ、運転は順調だった。

信号トラブル等もなく、間違いも起こさず、多少発車時刻が遅れたのも、次の直線で取り戻した。



僕の気持ちが帰宅に向けて傾きだした頃、安藤さんが口を開いた。



次の停車駅まで、後3分。



「次の駅。線路に何がいようとも、スピード厳守でいけ」



イマイチ、僕は理解が出来なかった。だから、笑って返事をした。



「何がいようとも……って、人間だったら轢いちゃうじゃないですか」


「人間がいるんだよ」


僕はギョッとした。まさか、研修ではそんな事まで経験させておくとか!?……そんな訳無いか。



「やだなぁ、安藤さん。それじゃあ、次の駅の線路には人間が立ってるから、それを無視してきちんと停車すればいいって事ですか?」



安藤さんは言った。



「……その通りだ」



そんな会話をする中、徐々に、停車駅に近いていた。



僕は、じっと目を凝らす。



目視によって、特に何も異常はない。



安藤さんの方を一回見遣り、もう一度正面を向いた、その時。




線路の上に、確かにスーツを着た男性の後ろ姿を見た。



人間の条件反射として、ブレーキを掛けようとした、その時。


「かけるな!!」


安藤さんが叫んだ。

そして、僕の上からブレーキをかけさせまいと覆いかぶさる。



僕は、パニックに陥りそうになった。



線路の上の人間は人形かもしれない、と頭が都合のいい答えを弾き出した瞬間、スーツ姿の男性はゆっくりと列車に向かって振り向いた。



もう、その男性まで30メートル。



今からブレーキを踏んでも、間に合わない。

急いで、緊急ベルをならす。




フォァ━━━━━ン………




小気味よい音が軽快に鳴ったが、男性は動かなかった。


「よく見てろ」


安藤さんが耳元で言わなかったら、僕は目をつぶっていただろう。


けれども逆に、そう言われたからには見なければならなかった。







轢いた。



衝撃は、驚く程、ない。



心臓がバクバクと鳴り、先程の景色が何度もフィードバックする。



列車に轢かれる直前、男は一度窓から消える。


窓の下から真っ赤な血が、車のウォッシャー液の様に飛び散る。


それと同時に、バラバラになった肉片が同じく窓を叩いて消えた。


僕は目の前で、もげた首が窓を直撃し、更に眼球が飛び出ていくのを見てしまった。


その光景は、一瞬であったにも関わらず、スローモーションの様に目に焼き付いた。



催してくる、吐き気。



安藤さんは心得た様に、サッとビニール袋を手渡してくれる。



僕のプロ根性?が、吐きながらも、研修で学んだ人身事故時にやるべき内容を頭の中で反芻させていた。



僕と立ち位置を変えた安藤さんが、駅に、寸分の狂いもなく止める。


きっと駅では物凄い騒ぎになっているだろう……



そう思いながら駅に降り立ち、驚いた。


列車には、側面にも正面にも血が一滴もついていなかった。


呆然として列車を覗き込んでいると、安藤さんも正面をちらりと確認し、直ぐに運転席に戻った。



駅のホームで一部始終を見ていたハズの乗客も、何事もなかった様に乗り降りを終わらせていた。




僕は、鳴り出した発車のベルで我を取り戻し、慌てて安藤さんの後に運転席に戻った。




そこから終電迄の後3駅、安藤さんが運転を変わってくれた。



落ち着きを取り戻してきた僕を見て、ポツリポツリと話し出した。



あの駅は、人身事故の非常に多い駅で。


毎日あの時間、必ず列車の前に人間が現れる。


老若男女、様々な人達が毎日列車に轢かれるのだ。


それは、幽霊、と一言でくくるには質が悪く。


どんなにダイヤを変えても、改善された事はない。


同じ時刻を担当するのは運転手の決まりだが。


担当した運転手が直ぐに精神を病んで辞めていくため。


その時間のダイヤだけ、日替わりで運転手が対応するとの事。





……東京の、とある駅。



その駅の毎回決まった列車だけ、何故か運転手が必ず降りる駅がある。



別に、運転手が替わる訳ではない。



けれども、絶対、運転手が降りる。



列車を正面から見、直ぐに運転席に戻る。






あなた方は気付いていらっしゃっるだろうか……

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