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開拓

私は頭を悩ませていた。



その原因は、この未開の地にいる野生生物だ。


所謂、ライオンである。



私の母国では、そんな生き物は存在せず、一番の危険生物がサメであった。

当然、海に入らねば遭遇しないし、遭遇する確率も極めて低い。



ライオンという生き物について、猛獣、という認識はあるものの、この地に来るまで、人間を襲うという認識は持ち合わせていなかった。




***




毎日、人の出入りはあるものの、およそ総勢300名の労働者がこの地で道を拓き、道をひいていた。



ところが私が着任して1か月で、20名が行方不明となった。

それと同時に、我々の拠点地の周りを囲むように、何かを引きずったような血の痕や、血溜まりが発見されるようになったのである。



それらが発見される前は、過酷な労働に耐えきれなくなった者が、勝手に国に帰ったのかと思われていた。



ところがしばらくして、下位の労働者ではなく、指揮官にあたるものがいなくなり、そこで初めて捜索が行われ、血溜まりが発見されたのである。




当然、開拓の進行は遅れつつあった。



今回の開拓プロジェクトは、我々の会社が国から任された、非常に重要なものである。



我々の会社が受け持つ前は、もっと小さな会社が値段で仕事を勝ち取ったたが、恐らく思った以上のその過酷さからか手を引き、我々の会社に仕事がまわってきた。



その為、私は失敗する訳にはいかなかった。



国が期待する以上の働きを見せて、次の受注に繋げるようにと会社からもプレッシャーを与えられている。



これ以上の工期の遅れは許されないが、ライオンの恐怖に脅えた労働者の働きは見るからに鈍くなっていた。




何故行方不明者とライオンが結び付いたかというと、現地人が教えてくれたからである。



もともと、この未開の地では、現地人も毎年何百人もライオンに襲われて食い殺されていると。

恐らく、人間に味をしめたライオンが、この周りで狙っているのだろうと。



勿論、現地人も罠を仕掛けたりして対応したらしいが、武器といえば原始的な槍、弓などしかもたない為、なかなか駆除が難しかったらしい。



確かに私に見せてくれたその武器は、最先端の技術とは程遠い、現地人特有の結び目が歪に目立つ、ハイエナでさえ苦戦するのではないかと思ってしまう様な、不格好な物だった。



そして最後には、ライオンは飢えた時にしか人を襲わないため、いつしか現地人の中ではライオンによる被害を、交通事故の様に不慮の事故として受け止めるような慣習が広まったということだった。



我々としては、ライオンによる人間狩りを、指をくわえて見ている訳にはいかない。

とにもかくにも、早く討伐隊を結成して、ライオンの駆除をすることが急がれた。




会社に状況報告を入れたところ、近々武器を送ってくれるという返事を得た。



私は武器が到着するまでに、ライオンが主に夜中、飲んべえで泥酔した者が小用を足すために拠点地を離れた時を狙う傾向があるのをつかみ、拠点内での一切のアルコールを禁じた。



当然、労働者からは勿論、アルコールで稼いでいた現地人からも異議が殺到したが、それも無理矢理説き伏せた。



そうこうしているうちに、会社から10丁の銃が到着した。

銃は最新式であるが、一発ずつしか打てず、また不発になる事も多々あった。



それでも私は幾ばくか安心して、早速付近を巡回するように命じた。



残念ながら、ライオンはその日姿を現さなかった。



「ライオン、動き早い、銃撃つ前、やられる」



現地人はこう言い、そして後日見事にその通りになった。



やがて、300人いた労働者は、ライオンにやられる者と、恐怖にやられて帰る者とで、150人に減っていた。

150人も、その賃金を引き上げてなんとか引き留めている状態だ。



当然、会社からは私に対する苦情と、新しい何も知らない労働者が大量に送られてきたが、その労働者達もいつしかこちらの足元を見て賃金の引き上げをねだるようになっていた。



私は漠然と、前の会社がこの事業から手を引いた理由がわかった気がした。

国からの援助資金と、労働者への賃金が、釣り合わなくなってしまったのだろう。

小さな会社だったから、我々よりもキツかったに違いない。





私を含めて、開拓にあたる者が、道端に転がる頭や指に悲鳴をあげなくなった頃。



とうとう、私に異動の辞令が下った。



…明らかに、左遷である。



この仕事を任された時に、見事にやりきれば栄転、失敗すれば左遷とわかりきっていたので、さほどダメージを負うことはなかった。



それよりも私にダメージを与えたのは、昨日自分で見つけた一労働者の両腕である。

生々しいその痕跡にショックを受けた訳でも、腕に知り合いとわかる印があったわけでもなかったが、私はその両腕を見て、震えが止まらなかった。





その日の夜に私は、話があると現地人の代表を呼んだ。

代表はいつもニコニコして愛想の良い老人である。



「私は、ここから去る事になりました」



端的に伝えると、代表は驚いた顔をして、言った。



「代わり、来るのか?あなたたちいないと、私たち困る」



「はい、来ますよ」



あからさまにホッとした顔を見ながら、私は続けた。



「明日には、私は帰ります」



では、と老人は言った。



「最後の日くらい、飲む、どう?」



「いいえ、ライオンに食べられたくはないので、遠慮します」



老人が差し出した酒を、キッパリ断った。



「そう言えば、現地の方々もまだライオンの被害は甚大ですか?」



老人は、少し考えて言った。



「数える、まだ、してない」



まだ今年は統計をとっていないと言いたいのだろうか。



「そうですか…ところで代表、最後にお願いがあるのですが」



「聞く、なんだ?」



私は、横に置いていた布地をはらりと取り上げ、中身を見せた。

昨日私が発見した、人間の両腕である。



「私は、無事に帰国がしたい。身の安全を、保障して貰いたいんです…先程の、酒を飲むような事はしたくないんですよ。…何が言いたいか、わかりますよね?」



代表は、じっと腕を見て言った。



「わかった」



「後任と会社には、何も伝えない。言わない。約束する。だから、私には手を出さないで貰いたい」



「わかった。契約の儀式、する」



私は現地人の交わす儀式(針千本の様なもの)を代表とした後、退室して頂いた。





思った通り代表は、去り際に、両腕を私から回収するのを忘れなかった。



私は、両腕を引き渡す事により、自分の誠意を見せた。

これでもう、証拠は何もない。






いつも甚大なライオンの食害にあっていた現地人。



そこに現れた、自分達と同じ血肉を持つ人間。



労働者をライオンが襲うようになってから、現地人の被害は格段に減ったのだろう。



お腹が満たされたライオンは、それ以上無益な殺生はしないのだから。



最初は、偶然だったのかもしれない。



労働者が気を付ける様になれば、アルコールを入れて注意力を削いだ。



アルコールを入れられなくなれば…現地人が被害にあわない様にする為、ライオンが飢えた頃、労働者を人身御供として差し出したのだ。



両腕、そして恐らく両足をも紐で縛って。






なぜなら私が発見した両腕には、現地人特有の、歪に結ばれた紐が絡まっていたのである…

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