良心
オレは、コンビニから出て職場に向かっていた。
職場全員、6人分の弁当を抱えている為、歩きタバコが出来ない事に苛つきながら。
後一人くらい買い出し係していいもんなのになぁ…と思いながらも、一番下っ端としては何も言えない。
「戻りましたー」
職場に戻ると、5人は変わらず電話を前に、役者を気取っている。
学もなく、才能もなく、気付けば転落した人生を送るオレの職場は…振り込め詐欺、と言われる犯罪集団だ。
オレもこの仕事が長い訳じゃない。
けど、他人を騙して金を貰う事に良心が痛まない程には、この業界に慣れてきた。
電話の相手を騙しながら、いつも思う。
もっと、子供の声くらい把握しとけよ。
もっと、子供を信じろよ。
もっと、現実から目を背けるなよ。
痴漢、交通事故、横領、投資の失敗…
色んな理由で金を巻き上げるが、子供を思う親の目は、見事に盲目だ。
助けるために、隠す、無かったことにする、代わりに払う、という選択をするターゲット達に、いつしか同情より呆れが優先する様になった。
良心につけこんで金を奪うのも、最近は手口が認知される様になって、やりにくくなってきた。
それでも、騙されるヤツは騙される。
そして、騙されるヤツがいる限り、詐欺という犯罪はその姿を変え、形を変えながら、なくなりはしないのだろう。
***
今日も、コンビニでメンバー全員分のカップラーメンを買い込み、職場に戻っていた。
カップラーメンの日は、片手にビニール袋ひとつで済むから、タバコが吸えていい気分だ。
コンビニまでのその道は線路に沿って真っ直ぐなのだが、途中にひとつ、踏み切りがあった。
普段は誰もいないその踏み切りに差し掛かると、その日はワンピースを着た小学生位の女の子が遮断機の前で佇んでいた。
俺が通り過ぎようとすると、女の子は突如叫んだ。
「助けて!助けて!」
疑問に思って少女の方を振り向くと…いくつもの、腕から先しかない手が、少女のワンピースを引っ張り踏み切りに引きずり込もうとしているのが見えた。
実は、俺には少しだけ霊感がある。
だから、自殺が多く幽霊が出ると有名な、噂のこの踏み切りには何かがいるのを感じていたから、近寄らないようにしていたのだ。
「助けて!助けて!」
少女は必死で遮断機にしがみついているが、その下半身は大量の腕に引きずられて線路に入っている。
流石に、見過ごせなかった。
辺りには俺の他に人もいないし、少女がこのまま霊に殺されても夢見が悪い。
俺は、カップラーメンの袋を投げ出し、少女の後ろから腰の辺りに腕を回して、両腕を思いっきり引っ張った。
少女は、俺の存在に気付いたのか、遮断機から手を離して、助けようとしている俺の体に手を回した。
少女の腕の力は、その恐怖からか、物凄く強かった。
俺の体にしがみつき、離すまい、としているのがよくわかった。
すると、今度は俺の体ごと、線路に引きずられそうになる。
俺は慌てて、少女に声を掛けた。
「おい!手を振り払え!足をばたつかせろよ!」
俺が言うと、少女は俺を見上げて
にやり
と笑った。
俺はその時、少女の着ている赤いワンピースが、実は白のワンピースで…血で、赤く染まっている事に、気付いた。
少女に絡み付いていた腕は、既に少女でなく俺をターゲットとしている。
猛スピードで近付いてくる電車に目を向けた俺の耳に、少女の声が響いた。
…最近はここに近付くヒトが減って、殺りにくくなってきた。
だから良心につけこんで、命を奪わないと、ね…
騙サレル方ガ悪イノヨ…