目の中に
「ハイ、OKです!!」
そうスタッフに言われて、私は心からホッとしました。
今私がいる現場は、心霊現象が多発すると言われている、都内のはずれにある墓地です。
タレントである私は、そこできゃーきゃーと騒いでお茶の間の皆さんを怖がらせなければならないのですが…
正直、お茶の間の皆さんの事を考えている余裕もないほど、怖くて。
やらせじゃなくて、素できゃーきゃー言って撮影は終わりました。
その日は、スタッフの仕掛けにかなり心臓が縮みましたが、当然、幽霊や心霊現象に遭遇する事はありませんでした。
***
翌日。
「うんうん、いい絵が撮れてたよ~」
と誉められ、満更でもなく顔がゆるみました。
すると、柱の陰から誰かがこちらを見ている気がします。
やだ。
怖がりの私は、多分昨日の収録が頭に残ってて、自分の恐怖心が、その様な幻覚を視せるんだと思いました。
大丈夫、大丈夫。
私は、そう自分に言い聞かせて、慎重にそーっと柱の陰を覗きました。
やはりそこには誰もいませんでした。
ところが、その日から。
ふとした拍子に、人の気配を感じる事が多くなりました。
ある日、スタッフルームのドアの向こう。
採光窓に、灰色の人影を見ました。
ずーっと入って来ないので、「どうぞ?」と入室を促しましたが、それでも入ってきません。
不思議に思った私は、ドアを開けましたが、そこには誰もいませんでした。
私がいたのは、廊下がT字路になっている、角の部屋でした。
立ち尽くしていると、曲がった先の廊下から現れたメイクさんが現れたので、人影について聞きました。
誰も廊下にいなかったと言いました。
またある日、タレント仲間の飲み会で。
トイレで席を立ち、化粧をなおしていました。
その時、洗面所のドアが数センチ開いたので、誰かが入ってくるものと思い、少し場所を移動しました。
ところが、誰も入ってきません。
そして、私は鏡に映るドアを見てしまいました。
そこには人影がじっと佇んでいて…とうとう、私と目が合いました。
長い髪からすると、きっと女性なのでしょう。
髪の隙間から覗くその目は、どこか怨めしそうに私を睨み付けていました。
幸いな事に、自宅でその人影を視る事はありませんでしたが、仕事に行くと何回か、その女性は姿を現しました。
ところが、その場にいる誰もが、そんな女性は見なかったと言いました。
そんな事がいくつも重なり、私の精神は参って耐えきれなくなりました。
夜も眠れず、仕事にも支障をきたしはじめたので、私はマネジャーに人影について相談する事にしました。
マネジャーは、
「大丈夫、もうすぐ見えなくなるって!」
と、視た事を否定こそしませんでしたが、親身になって考えてもくれませんでした。
そしてその時、以前お墓の撮影を行ったスタッフが、私のところにやって来ました。
「あの…ちょっと来て貰えませんか?」
私は、先日の撮影の事だと直ぐにピンときました。
呼ばれて行くと、そこには困り顔のディレクターや、真剣な表情のスタッフがいます。
「…これなんだけど」
スタッフの誰かのデスクに置かれたパソコン。
そこには、私顔がアップで静止しています。
「いや、そんなに怯えないで欲しいんだけどね?ちょっと画像に加工しようとしたんだけどさ…」
そこにいる皆が、言いにくそうです。
「このさ、目のところさ…」
私のアップされた顔は、丁度カメラ目線でした。
「どうしてもカメラ目線にすると、カメラが写り込むからさ、画像処理してカメラ消して、ちょっと怖い画像にしようかって話になったんだけど…ね」
スタッフがマウスを操作し、私の顔はどんどんズームされていきます。
「ちょっと、変なんだよね。わかる?」
言われなくたって、変なのはわかりました。
だって、画面一杯に引き伸ばされた私の目には…
ある筈の、カメラがなくて。
髪の長い、俯いた女性が写っていました。
***
私は、絶叫しました。
周りのスタッフは、呆然とその様子を見ています。
その時、部屋のドアが少し開いていた事に…私は気付いてしまいました。
そこにはまた、あの女がいます。
私がその人影を確認して再び叫び、指をさし。
その場にいるスタッフ全員が、ドアの方を見ても、何の反応も示さない事に絶望しました。
私にしか、見えない人影。
それは、ゆっくり、ゆっくり、近付いてきます。
目の奥が痛くなるほど凝視した時に、いつ習ったのかも忘れた、生物の授業を思い出しました。
私が視ているのは、網膜に映ったモノ。
きっと私は、お墓であの人影を、気付かぬうちに、網膜に焼き付けてしまったんだ…
女は、私の網膜に、イル。
そう理解シた時、恐怖が私ノ両手を動かシまシた。
自分ノ両目へト。
水晶体トか網膜トか神経トかコワセバ、見ナイでスムヨネ…?