解放された欲望
そのホストは、世間に顔向け出来ない様な人生を送って来たが、それを憂う事もなく、むしろ愉快な事だと捉えていた。
彼は、今はホストクラブとは名ばかりの覚せい剤漬けクラブに勤めていた。
客である女性の飲み物に、毎回覚せい剤を入れて出す。
ホストクラブに行くと嫌な事を忘れる、と勘違いした女性達は、ホストクラブに通いつめる様になる。
体の異変に気付いた時には既にシャブ漬け。
覚せい剤を手に入れる為に、女性達は道を踏み外していく。
そんな女性達を見るのがホストはたまらなく楽しかった。
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その女性警察官は、厳格な父親と、父親に言いなりの母親に育てられた。
当然の様に将来を決められ、親の進めるまま警察官になった。
一度も間違った事を許される事がなく、正しい行いしか認められなかった。
幼い頃には、女性警察官もそんな生活を窮屈に感じていたが、そのうち親に逆らう元気も勇気もなくなった。
女性警察官は、その能力を買われて、そのうちおとり捜査や潜入捜査を請け負う様になった。
今まで間違った事をした事のない彼女にしてみれば、捜査はどれも新鮮だった。
仕事という名目で、悪事をしても決して誰からも咎められる事はなく、彼女は自らそういった捜査にのめり込んでいった。
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彼女がこれから潜入捜査をするのは、とあるホストクラブだった。
顧客がシャブ漬けにされ、その代金が払えずに、裏の金融機関に手を出し、借金は膨れ上がり、最後にはホストクラブと同経営者の風俗店で身売りをさせる。
一見の客には手をださないので、何度か通う必要がある。
彼女が普通の会社員になっていたら、ホストクラブに通うなんて事は有り得なかっただろう。
仕事とはいえ、心躍る思いでホストクラブに客として通った。
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そのホストは、ある女性客に対して違和感を感じていた。
飲み物は、カクテルやジュース等を頼まず、シャンパンや瓶ビール、ワイン等必ず詮を開ける物しか頼まない。
途中、トイレ等で席を立ったら、必ずその後は置きっぱなしの飲み物には手を出さず、新しい飲み物を頼む。
ホストメンバーに対しても、他の女性客がホスト自身に色々話すのに対して、会社の事や業界、経営等についてさりげなく聞いてくる。
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臭いな。
通常、怪しい客には手を出さないのがルールだが、そのホストは違っていた。
ケバい化粧をしているものの、話し方や所作で育ちの良さがわかる。
━━こういう女こそ、陥れると楽しいんだよな。
自分は普通ならホストなんか来ないんだ、という気配を必死に隠した女。
もし警察関係だったら、逆に警察情報を引き出す道具にもなりそうだ。
━━ハハ、怨むんなら自分の馬鹿さ加減を怨むんだな。
ホストは早速、実行に移した。
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最近、体がおかしくなっていた。
━━まさか。飲み物には、充分注意してるし……
もう一人の自分が囁く。
━━一度くらい試してもいいんじゃない?
囁いたのはもう一人の自分でなく、隣にいたホストだと、後で気付いた。
━━試すって何を?
━━ハハ、気付いてるだろ?これだよ。
ホストは目の前で、粉を取り出し彼女の飲み物にサラサラと入れた。
━━何を入れたの?
━━いつものヤツだよ。
━━いつもの……?
━━俺さ、ちょっとしたマジック出来るくらい器用なんだよね。アンタの目の前で、今までも何度も入れてたぜ?……この魔法の粉。
━━今までも?何度も?
だからか、ホストクラブに行かないと、体がダルく、頭がぼーっとするのは……
━━これ飲んで気持ち良くなろうよ。
そうしたい。そうできたら、どんなに楽だろう。
━━ほら、飲みたくて手が震えてる。
ホストは、最後の駄目押しで言った。
女が覚せい剤入りの飲み物に手を出し、一気飲みした瞬間に、ホストは自分の勝利を感じた。
また一人、自分の力で真っ当な道から引きずり落としてやった。
クク、と笑い、声を掛ける。
━━今まで、正しい事しかさせて貰えなかったんだろ?
女の胸に手をやりながら囁く。
━━これからは、もっと自分の欲望に正直になりなよ。
女性がぴくりと反応する。
━━自分の欲望に正直に……?
ホストはもう片方の手を女性の下半身に持っていった。
━━そうさ、世の中では認められていなくても、この場では認められる事がいくつもあるのさ。
━━本当?何をしてもいいの?
━━いいんだよ、何をしても……さあ、欲望を解き放って……素直になって……
━━そう……嬉しい。
女性はうっとりとした表情を浮かべ……
ホストに向かって、引き金を引いた。
辺りに、真っ赤な血と悲鳴が飛び交う。
━━私……一度、人を殺してみたかったの……
楽しい、と呟き……狂ったその女性は、逃げ惑う人間に拳銃を向けた……