予告
俺は、薄暗い箱の中で目を覚ました。
変わりばえのしない、ネカフェの個室。
アクビを一つし、飲み物をとりに席を立つ。
くそつまらない毎日。
会社をリストラされた後も五月蝿い実家には帰る気になれず、ネカフェを転々としている。
あー、早く死にてぇ。
こんな世の中からオサラバしてぇ。
けど、自分で死ぬ根性もないから、ダラダラ生きてる。
世の中の勝ち組を見るたび、イライラする。
何偉そうな面してんだよ。
死ねよ、てめぇら全員。
***
今日もパソを適当に弄る。
つまらねぇ。
つまらねぇ。
このムシャクシャした気持ちは、何やったらすっきりするんだよ。
その時俺の指は勝手に、最近お世話になっているサイトに書き込みをしていた。
今度、S県K市の○○小学校のガラス全部割ってやる
…一昔前の不良かよ。
自分の書き込みに自分で呆れたが、意外と反応は良かった。
やったれやったれwww
そんな事昔やったぜ、懐かしいな、オイwww
今度っていつだよ~
暇人ばっかだ、阿呆らし。
○○小学校は、別に俺の出身校じゃない。
たまたま暇すぎる時に、この辺の地図を眺めてたら見つけただけだ。
誰がそんな面倒な事マジでやるかよ。
書き込んだ奴等も、どんなネタだろうが絡みたいだけなんだろうな。
俺はそれ以上書き込みをせず、パソの電源を落とした。
その時、俺の背中にあたる壁から、コンコン、と音がした。
後ろを振り向き上を見上げると、後ろ隣から顔半分を覗かせて、漫画を持ったまま片手をあげた男がいた。
こいつは最近知り合いになった奴で、俺と同じくネカフェを根城にしている。
因みに先程馬鹿馬鹿しい書き込みをしてしまったサイトも、こいつに聞いて知った。
やはり俺と似たような境遇の奴等が集まって、世間の愚痴を延々と語るサイトだ。
このサイトを見てると、俺だけじゃねぇんだなあ、俺はまだマシな方なんだなあ、とか思えてくる。
傷の舐めあいだっていい、つまらない毎日でも少しは心が動くのを感じれば。
…で、お隣さんは、楽しい漫画見つけたんですが、ちょっと読んでみませんかとオススメの漫画を押し付けてきた。
漫画も読み飽きていたが、たいしてやりたいこともない。
俺は、ども、とその漫画を受け取って読みはじめた。
…隣にいるのが俺じゃなかったら、どうすんだよお前。
俺が、ネカフェに居ることが当たり前というその行為に多少ムカつくが、顔には出さない。
ネカフェに居にくくなったらそれこそ、居る場所がなくなるからだ。
***
それから一週間程経った頃だろうか。
日付の感覚もイマイチだから、多分そんくらい。
俺が、また傷の舐めあいにサイトを覗くと、前回の俺の書き込みが取り沙汰されていた。
マジで割ったんだな、オイwww
割るの意外に体力使ったと思われ、乙。
暇だな、んなことすんの。
俺が、次はやったるぜ(笑)
…は?
何で俺が本当に小学校の窓を割った事になってんだ?
ちょっと調べたら、ニュースのトピックで直ぐに出た。
どうやら、俺の犯行予告を実行した奴がいるらしい。
…なんか、ウケる。
俺は、確かに胸がスッとしたのを感じた。
たまたまだろうが、いい気分になった俺は、ふざけてまた書き込をした。
次は、○○高校に火をつけてやる。
***
それから、またしばらくして。
俺の犯行予告は実行された。
勿論、俺はやってない。
小学校の時も、高校の時も、俺は四角い狭い箱の中でぐうすかイビキをかいてただけだ。
きっと、犯行予告を見た誰かが、実行したんだろう。
だけど、注目されるのはソイツじゃなくて俺。
なんか、やはりいい気分だ。
俺は、また犯行予告をしていった。
○○中学の壁に落書きをする、○○デパートの非常ベルを鳴らす。
そんなかわいいイタズラの予告は、やはり俺が熟睡中に実行された。
…この犯人は、どのレベルの犯罪までする気だ?
俺は愉快になって、書き込みをエスカレートさせた。
○○大学の教授を襲う、○○幼稚園の園児を拉致する。
…これも、俺が寝てる間に、本当に実行されていた。
俺は、そのサイトでもはやヒーローだった。
誰もがすげぇ、すかっとする、もっとやれ、と書き込んだ。
俺は、実は犯人なんかいなくて…俺が書き込んだ事こそが、事実になるんじゃないかという考えが膨らみつつあった。
じゃないと、普通、俺がやったんだって言い出す奴が出てくるもんだろ?
もっとだ。
もっと、世間の注目を集めてやる。
俺は、実行されるものと信じて書き込んだ。
警察庁を、爆破してやる。
俺は、その予告をして直ぐに、警察に逮捕された…
***
俺じゃねぇ
何度言っても、警察は聞く耳を持たなかった。
犯行予告も最初は否定したが、毎回同じ個室を我が家の様に占拠していたのが災いとなり、パソコンを調べられて、証拠を突き付けられた。
そして、予告は認めたものの、実行はしてないと言っても、いつも個室で寝ていた俺にはアリバイがなかった。
防犯カメラも出入り口にはあるものの、どうやら非常口に防犯カメラがないらしく、そちらから出入りしたんだろう、で俺の意見は一蹴された。
だが、俺には勝算がある。
爆破予告だ。
爆破予告さえ実行されれば、俺は解放されるんだ。
本当の犯人も、自分がやったんだぜってきっと脚光を浴びたいはず。
さあ、やれよ。
さっさと、俺を解放しろよ。
***
あ~あ、捕まっちゃった。
まあ、警察にチクったの僕だけどwww
それにしても、阿呆だな、あいつ。
爆破とか、そんなに足の付きそうなことは僕やらないし。
僕、すかっとする事はしたいけど、前科はつくりたくないんだよね~♪
だから、犯行予告してくれると、とっても助かるんだ。
だって、罪を被ってくれる人がいるわけだしね。
毎回、犯人役を眠らせるのに睡眠薬を仕込むのだけは面倒だったけど。
ま、それで安心して犯罪出来るならいいよね。
さて、次は誰にしよう?
ネカフェを寝床にしてる、世間に鬱憤の溜まった奴なんてゴマンといるから、犯人役に困らなくていいね…