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占い師

私には、他人の近い未来を視る力が昔から備わっていた。



昔はそれで随分気味悪がられたが、その特性を活かして占いをはじめたところ、今では当たると評判の人気占い師になった。



人生とはわからないものだ。



もともと出不精なので、今では都内の高級マンションを買って、そこが自宅兼私の職場となっている。



営業方法は、100%口コミだ。

何をしなくても、勝手に客が客を呼ぶ。

その為気付けば、占いをするのに今から予約して、実際に我が家に来て頂くのは半年先となる位だ。



勿論、例外もある。



そして今日は、その例外の客が来る日だ。




「ふふふー、(さとる)も今日占って貰ったらびっくりするよー!」



私の馴染み客である、京香(きょうか)さんがやってきた。



その元気な声は、部屋で待機している私の耳にも筒抜けだ。



「ハン、占いなんて女子供のやることだろ、俺は信じねーしやらねーよ」



どうやら今日は、京香さん初めての他人を連れてのお出座しらしい。



コンコン、とノックが響く。



「どうぞ、開いてます」



私が返事をすると、京香さんと智と呼ばれた初対面の青年が入ってきた。




「ふふふ、せんせーお久し振りっ!今日は彼氏を連れてきたよっ」



20歳になった彼女は、彼氏の腕に手を絡めて嬉しそうに挨拶をした。



一方の彼氏君は、私を見て嫌そうに顔を歪めた。



「なんだよ、せんせーって…しかも、占い師って若い男だったのかよ…」



「やだ智、占い師は先生って呼ぶものなのよ?確かに若いけど、よく当たるんだからっ!それにしてもなんで女だって思ったの?」



「いや…なんだか占いってアラビアっぽい姿した女が水晶のぞきこんでるイメージが…


てか、この部屋も全く占い師っぽくねぇな」



机と椅子だけという私のシンプルな職場をじろじろ見て、智と呼ばれた青年は鼻で笑った。



「…智、せんせーに失礼でしょ!せんせー、ごめんなさい。こちらが彼氏の智です…今日は、私じゃなくて彼を占って貰いたくて♪」




京香さんはそう言うが、彼氏は「俺は嫌だ」の一点張りで、占って貰いたがらなかった。



結局、占いは今日も京香さんがする事になった。



部屋の真ん中にある机の上で、彼女の手を握る。



その瞬間、智君はまた顔を歪めた。



「…すまないね、智君。これが私の占いスタイルでね」



笑顔で彼に言うと、京香さんも付け足してくれた。



「あれっ、智、まさか焼きもち~?ふふふ、せんせーは手からイメージが伝わるんですって!私が初めて占って頂いた中学三年生の頃から、ずーっとそうなの」



私が手を握るのは実は占い師らしくするためのパフォーマンスであるが、誰もそれを知らない。



本当は、瞳を10秒くらい集中して見つめるだけで、視る事が出来る。



私が初めて占い師として視た客は、京香さんだ。



私は大学を卒業した後、就職した会社に馴染めずすぐやめた。



その後適当にバイトで金を得てその日暮らしをしていたが、ある日塾の前で座り込んでいる少女を見掛けた。



普通に通り過ぎようとしたが、彼女は何かを探している様子だったので、一応声を掛けた。



「合格祈願のお守りを落としちゃって…」



私は、じっと彼女を見、ちょっと失礼、と彼女の手を握って言った。



「…私は占い師なんですが、そのお守りはもう、残念ながら見つからない…と思う。

だけど、合格して喜んでいる君の姿が見えるから大丈夫だよ。

これからは毎日、紅茶を飲んで過ごしてみてごらん?」



「え…?…あ、はい」



戸惑う彼女を置いてその場を去りながら、私は咄嗟についた占い師という嘘について、これは名案だ、と気付いた。



その後、利用駅の近くにリサイクルショップで買った安物の机と椅子だけ並べて、占い師もどきを見よう見まねでやってみた。



そして、驚くほどよく当たる、と一気に評判になった。




駅前に小さな行列が出来るようになった頃、私がその日の仕事を終えて撤退準備をしていると、後ろから声が掛かった。



「…占い師さん!!」



振り向いた先にいたのが、以前お守りをなくした少女…つまり京香さんだった。



「私、毎日紅茶を飲んで、志望校に合格出来たんです!」



彼女は天真爛漫な笑顔をむけて、すみません、占い師さんにずっとお代を払っていなくて、と続けた。



彼女は、代金を支払う為に、ずっと私を探していたらしい。



私は勝手に占ったのだからと断ったが、京香さんは退かず、仕方なしに500円だけ頂いた。



以後、私の鑑定料はどんどんつり上がり、今や10分で3万円、一時間で10~15万円だが、京香さんだけは500円のままである。




今回京香さんに視えたのは、よくないことだった。

よくないことは、注意をすれば避けることが出来る。



「京香さん、毎日地下鉄使ってる?これから一週間、絶対に乗らないでね。よくないことが起こるから」



「はい、わかりました!」



「オイオイ、地下鉄は毎日大学に行くのに必要不可欠だろ?そんなん無理じゃね?」



「ちょっと遠いけど、JR駅まで歩くよ。調べれば、バスも通ってた気がするし…」



「ハン、馬っ鹿馬鹿しい」



京香さんは困った顔して私を見た。

恐らく私に失礼だと思ったのだろう。



ここまであからさまに言われるのは久しぶりだが、占い師なんかやっているとよくある事だ。



京香さんに、気にしないでという意味を込めて笑いかけると、彼女も安心した表情を浮かべた。




「せんせーはね、私の命の恩人って言ってもいいんだから!」



その後も、雑談に混ぜて京香さんが私を誉めるたび、智君の表情は険しくなっていく。



それに気付かず、私の占いがいかに当たるかをまるで自分の事の様に語る彼女は、ある意味可愛らしい。



京香さんは、いつも10分以内に部屋を出ていく。



私は、去り際に智君の顔をじっと見て伝えた。



「京香さんの大事な彼氏君にこんな事言いたくないけど、今決めている就職先はやめて、別にした方がいいですよ」



智君は驚いて京香さんに言った。



「…こいつに、俺が就活してたって話してたのか?」



「言うわけないでしょ!…けど…やっと、会社から内示貰えたって喜んでたのに…」



京香さんは智君に疑われて不満そうにしたが、直ぐに不安な表情へとかわった。



「大丈夫ですよ、そこはやめても…ギリギリで、決まると思いますから」



「俺の人生かかってんだぜ?思います、で言って欲しくねーよ!」



「智!」



智君は怒って先に部屋から出ていってしまった。



「せんせー、今日はごめんなさい。また来ますね!」



そして京香さんは、そんな智君をすぐに追いかけて出ていった。




***




それから三ヶ月後。



京香さんが、今度は一人で訪ねてきた。



「せんせー、この前は助かりました!ありがとうございます!」



京香さんがいつも利用していた地下鉄は、私の占いの三日後に、急な道路の陥没により、事故がおきていた。



「それは良かったです。智君は、その後いかがですか?」



「それが…せんせー、ごめんなさい。折角忠告してくれたのに、占いなんか信じられるかって…結局、最初に内示をくれた会社にそのまま入社するみたいで…」



「いいえ、気にしないで下さい。私の言い方もよくありませんでしたし、いきなり就職活動をまたやれと言われたら、誰でも嫌がって信じないですよ」



「…はい。けど、なんか悲しいです。私はせんせーの言うことなら、絶対に信じます」



「ははは、まるで京香さんは私の信者みたいですね」



「そりゃもう、せんせーは私の道標ですもん!」




私は、確かに中学三年生から今まで、京香さんを何度も助けていた。



友人と遊園地に行くのにジェットコースターには乗るなとか、海に行くのに海に入るなとか、ライヴに行くのに夜道は歩くなとか、結構無茶な事を言ったが、彼女は全ての忠告を聞いた。



お陰で、途中で止まったジェットコースターに乗らずにすんだとか、友人が刺されたクラゲに刺されなかったとか、ライヴに行くのをやめたらその日夜道でひったくりの事件があったらしいとか、彼女自身が危ない目にあうことはない。



それ以外にも、高校の部活や、大学。大学のサークルや一人暮らしの部屋。様々な助言をして、彼女は人生楽しく豊かに送っている。



「ふふふ、やっと彼氏も出来た事だし、せんせーには智との仲を占って貰おうと思って」



可愛らしかった中学生は、大人の魅力的な笑顔でそう言った。




「智君かぁ…ちょっと嫉妬深い事が問題になりそうだけど、今のところは大丈夫ですよ。

ああ、彼が就職したら、もう一度ここに来て下さいね。

会社というのは、個々のアイデンティティーに大きく関わるものだから、入ったらまた変わるからね」



「わかりました!ふふふ、卒業までは大丈夫って聞いて一先ず安心ですっ♪」



「良かったですね」



「そう言えばせんせーって、今いくつなんですか?智が頻りに気にしてたんですよね~」



「占い師は神秘性を保つ為に、年齢なんて言わないものですよ。因みに33歳です」



「あははっせんせーって本当に面白い!じゃあまた来ますね!」



彼女が私のプライベートを聞いてきたのは、今回が初めてだった。



礼儀だと思っているのか、興味がないのかはわからない。




その後、京香さんは来るたびに智君との占いをしていった。



占いというよりむしろ、恋愛相談と言った方がいい。



智君はカッとしやすい性格らしく、京香さんに暴力をふるうこともあるらしい。



サークルの男友達との浮気を疑われて、スマホの液晶を割られたことも。



それでも京香さんは、智君と別れなかった。



今は、それで良かった。



京香さん達に転機が訪れたのは、智君が就職してしばらく経った頃だった。




***




その日彼女は、顔に青アザを作ったまま、私の部屋にやってきた。



「智に、ここには来るなってとめられて…」



泣きながら彼女が言うには、智君は無事に大学を卒業して会社に勤めだしたが、直ぐに辞めて、一人暮らしをしている京香さんの住まいに居座りだしたらしい。



因みに、私の占いを信じるどころか、自分が退社したのは私の胡散臭い占いのせいだと恨んでいるという。



「もう、せんせーの忠告も聞かずに逆恨みもいいとこですよね…それに私の部屋、一人暮らしの人用だから、隣近所の方にも迷惑だし…どうしたらいいのかな、せんせー…」



彼女は、精神的に限界にきている、と私は感じた。



そろそろかもしれない。



「京香さん、智君が包丁を握った時、気をつけて。出来たら、包丁は持たせないように…」



「えっ!?…はい…」



私の言葉はわかるのだろうが、意味を理解しかねるのだろう。



彼女はその日、今までで一番、暗い顔をして、この部屋を去っていった。




***




次の日、京香さんは殺人容疑で逮捕された。



…まあ、顔に青アザがある事もあって、正当防衛になり、直ぐに外に出られるだろう。



私は鏡をじっと見た。



私の目には、幸せそうな顔で、このリビングに寛ぐ私と京香さんの姿が見えた。



やっと。



やっとだ。



ジェットコースターでたまたま隣に乗り合わせる筈の好青年も、海に近い病院で知り合う筈の医学生も、ひったくりから助けてくれる筈の学生も、全ての出会いを取り上げて。



それでも出会いに溢れる京香さんを、私のものにする為に。



上手くいく筈のない智君と別れさせずに、限界まで追い詰めて…



社会から拒絶される立場に、追いやる。



私が視るのは、二つの近い未来である。



包丁を握る智君に近づかずにいれば、京香さんは誕生日を彼の手料理で楽しく過ごしていた。

お金のない彼は、手料理をプレゼントにしようとしたのだ。



逆に、包丁を握る智君に近づけば、二人は揉み合いになった。

揉み合いの結果、京香さんが智君を怪我させるところまでは視たが、殺してしまった事は私にとって、ラッキーだった。




予定通り。



中学三年生の少女は、当時から大層可愛かった。

思わず、助けたくなる位に。

その少女は成長して、醜い私のものになるのだ。




殺人犯となった彼女を受け入れるのは、もう私だけだろう。



今までずっとタイミングを待ったんだ。



これからも、君が刑務所から出てくるのを、ずっと待っているよ、私の京香さん…

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