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シンギュラリティ

 小さくなったラステンは、辺りに自分の素材となる灰がないか慌てて探す。


「無駄だ」


 俺は冷たく言い放つ。


 たとえ灰を身体に取り込むことができても、その灰が高温で溶け、石に変わってしまっては取り込むことはできない。ラステンは物を燃やして自分の素材を作ろうとしても、黒い雷程度では俺の固めた石を灰に変えられず、これ以上の回復は見込めなかった。


「ゼロ君、この石は……ガラスみたいに見えるけど」

「さあな。俺はあまり詳しくないからな。だが、灰ではない。それは確かだろう」

「ラステンが取り込めないのだもの。そうね……、このガラスを使っていい?」

「別に。好きにしろピカトリス。物はいくらでもある」

「それはどうも」


 ピカトリスは両手に抱えた石に印を結んで魔力を込める。

 石はもう一度溶けて半円形の器になった。子供が入れるくらいの大きさの、ガラスの器だ。


「ラステン」


 ピカトリスはラステンに声をかける。静かだが、厳しい声で。


「はいっ、創造主様!」

「お前はここに入っていなさい。いいね?」

「ひ、ひゃいっ!」


 ラステンは小さくなった身体を器の中に滑り込ませる。入ったところでピカトリスが印を結ぶと、ガラスの器が小さく、手のひらに乗るくらいの大きさに縮んでしまった。


「ピカトリス、こいつはどうするつもりだ」

「ちょっと研究させて欲しいの」

「森をこんなにしちまった奴をか?」


 ピカトリスはそれでも強気にうなずく。


「そうか」


 俺が右手を挙げて拳を作る。


「っ!」


 ピカトリスは目をつぶって痛みにこらえようとしたが、それでもラステンの入った小瓶を放そうとしなかった。


「そうか」


 俺はゆっくりと手を下ろす。

 ピカトリスの覚悟を知って。


「なんの研究をするんだ?」

「ゼロ君……」


 ピカトリスはうっすらと目を開ける。


「あ、あのね、この子は人造人間ホムンクルスなのよ」

「知ってる」

「灰で作った人形に、あたしが造った意識を注入したの」

「それもなんとなく判っている」

「でね、この子は独自の意識進化をたどって、自己の成長をほんの少しだけ伸ばすことができたのよ!」


 興奮してピカトリスが早口になっていく。


「自己成長する意識、とでも言うのか?」

「そうなの! 初めはほんの少しだけの成長だったのよ! でも、そのほんの少しにほんの少しが重なるとね、あっという間にすごい成長につながるのよ!」

「ふむ……」


 ピカトリスの言っていることはいまいちよく解らない。


「それはあれか? 初めは少しだけしていた借金が、利息が利息を呼んでいつの間にか大金になっていたとか、そんな感じか?」

「ゼロ君……昔はお金で苦労していたものね……」

「それはオヤジやお前が子供の俺に生活費を渡していなかったからだろうが」


 今度こそ俺はピカトリスの脳天にゲンコツをくらわせてやった。

 ピカトリス小瓶を抱えながら涙目になる。


「で、でもね、知能における複利効果が、軍を育て、王となる事を望んだの。人工的に造られた知能を持つ人造人間ホムンクルスが、よ!」

「王、か……」


 俺は木が消えて石だらけになった森を見た。


「この程度の被害で済んだのはまだましだったのかもしれないが、そうか。人造人間ホムンクルスも王を望むか」


 飽くなき欲望は、生命体だけのものではなかったと。


 俺は大きなため息をつき、頭を振る。


「考えてもきりがない。だが、やはり、生活圏を守るためにはそれを束ねる者が必要となる、か」


 俺の横に、モココを抱えたルシルがいた。


「ピカトリス、この羊を癒してやってくれ」

「判ったわ」


 ピカトリスが魔導書グリモワールを取り出し、羊に光を浴びせる。

 光に染められて影が薄くなるように、羊の中から黒い邪気が消えていくように見えた。


「これでいいわ。もう獣人にも獣の姿にもどちらにもなれるし、なっても淀みはうまれないわ」


 ピカトリスの放つ光が落ち着いていくと、そこにはモコモコの毛皮に覆われた女の子が。


「モココ?」

「ゼロの殿様!」


 モココが俺に抱きつこうとするところをルシルが間に入ってモココを抱き留めた。

 端から見たら女の子同士で抱き合っているようにも見えるが、それぞれの思惑は別のところにあるのだろう。


「殿様~」

「あーはいはい、よしよし」


 ルシルはモココがもがいていてもそれを力で押さえつけている。


「まあそれくらいにしてやれよルシル」

「いいのゼロ?」

「ああ、構わんさ」

「それなら」


 ルシルがモココを解放した。気が付けば、モココの周りには獣人化した羊や山羊、牛や熊が集まっていた。


「ゼロの殿様!」


 モココが俺に抱きつくと、周りにいた獣人たちも一斉に俺へと突進してくる。


「おわっ!? 待てっ! ちょっ!!」


 俺の悲鳴は獣人たちにかき消され、俺を中心とした獣の毛玉と化していた。


「ほらね、だから言わんこっちゃないのよ」


 かすかに聞こえるルシルの声。


「そんな事言わずに、助けてくれぇ~!!」


 俺がいくら叫んでも、獣人たちの歓喜の声で押し潰されてしまった。

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