人の革を巻いた本
歪んだ木々の生い茂る森。その中を俺たちは進んでいく。
途中、黒い雨に冒された獣人たちが見つかるが、ピカトリスの呪術で身の穢れを取り除くことができた。
「ラステンは逃げてからの足取りはつかめているのか?」
「それが、全然なのよ」
それ程期待はしていなかったが、ピカトリスの返事には残念に思う。
「でも、黒の獣人がだんだん多く見つかってきているから、この先にいる可能性が高いわ」
「ピカトリス、その言葉に賭けてみたいところだが」
「他に……ないのよ。当然だけど思念伝達には反応しないし」
「精神的なブロックか」
「そうなのよ。モココちゃんと違って、ラステンは近くにいると思うの。でも思念伝達で引っかからないのは、人造人間の魔力的能力であたしの思念を受け取らないようにしている、としか思えなくて」
俺は藪をかき分けながら道を作った。
俺の脇にはグレフルが匂いを嗅ぎながら方角を指定し、ルシルとピカトリスが俺の後ろを付いてくる。
グレフル以外の狼たちは、別の道を探りながら広範囲に探索してくれていた。
「モココは反応できないだけかもしれないが、ラステンは意識に介在もさせないというのか」
「そうなのよ」
「そんな能力を与えてしまっていたのか、お前は……」
「……ごめんなさい」
そうしている中でも、次々と見つかる黒の獣人たちをピカトリスが癒やしていく。
「ねえピカトリス」
「なにかしらルシルちゃん」
「その浄化させる光の呪術って、私も使えるかな?」
ルシルはピカトリスが獣人たちを癒やしていく姿を見て、なにか手伝えないかと申し出た。
「使えない事もないと思うけど……でもルシルちゃんって魔王だから、光とか浄化って大丈夫かしら?」
「う~ん、それはちょっと心配だけど。ちょっとその魔導書見せてよ」
ルシルがピカトリスの持つ本に手を伸ばす。
「どうかしら、はい」
嫌がるかと思ったが、ピカトリスは変な抵抗もしないでルシルに本を渡そうとする。
バチバチッ!
本とルシルの手の間に黒い雷が発生して、ルシルは思わず手を引っ込めた。
「やっぱり。渡せないみたい」
「どういう事だよピカトリス」
俺も魔導書を手に取ろうとしてみたが、ルシルと同じように黒い雷が出て本が俺を拒む。
「まいったな。まるで意思があるかのようだ」
「そうね、意思がある……言い表現だわ」
ピカトリスは魔導書を愛おしそうになでる。
「なあピカトリス、それは人革なんだよな」
「ええ、そうよ。古今東西、いろいろな魔術、呪術、スキルをまとめたあたしの本」
「本が意思を持っている……」
「というよりは、あたし以外には扱えないのかもしれないわね」
「手に取ることすらできないからか」
「そうね。だってこれ、人革は人革だけど」
ピカトリスは本を開いて俺たちに表紙を見せた。
「これ、あたしの皮膚から造った本なのよ」
ピカトリスの手に馴染むどころか、肌に吸い付くような本の色合い、溶け込むような質感は、そういう事だったのか。
「あたしね、もう一つの魂、もう一つの脳をこの本に収めているの。だから、この本はもう一人のあたし。だからあたしが死なないと、他の人には触れられないのかもしれないわね」
「そうなのか……」
ピカトリスは魔導書をマントにしまう。
「この本に触れることができたのは、あたしが造った人造人間ね」
「ラステンはお前の本から呪術を読み取った?」
「恐らくは」
ピカトリスは唇を噛みしめていた。血のにじむほどに。