黒い呪いを洗い流す
グレートウルフの鼻は人間よりも利く。グレフルはかすかな匂いでさえも嗅ぎ分けられる。
「グレフル、モココの匂い、つかめそうか?」
「ほんのわずかですが……モココさんと、その黒いブヨブヨとした物の匂いが……」
少し離れた草むらを掘り起こすと、そこにも黒い物の痕跡があった。
「おいピカトリス、この黒いのって」
「ええ、恐らくはね。ゼロ君の考えている通りよ」
「どうだ?」
ピカトリスは自分のアゴをさすって、黒い物を見る。
「ふうむ、やはりこれは黒の呪術で溜まった澱のような物ね」
「黒い雨のか?」
「そうね。その雨を浴びた動物が、身体の中に溜め込んだやつだと思うわ」
「これはモココの物かな」
「どうかしら。そこまではあたしでも判らないわ」
グレフルが見つけたのはここだけではない。
それ程離れていない場所でもいくつか探し当てていた。
「グレフル、モココの匂いはあるだろうか」
「いえ……モココさんの匂いではないです。これは……熊? そんな獣の匂いですね」
「熊、か……ん? あれは」
俺は茂みの中をかき分けて、こんもりと山になっている物体に近付く。
「おい、来てくれ。熊が倒れている……。いや、熊の獣人か」
俺は熊人間を抱きかかえて仰向けにする。
体表に生えている剛毛がチクチクするが、力強そうなイメージとは異なり、仰向けにした熊人間は、女性らしい身体の線と、かわいらしい顔立ちをしていた。
「女の子、か……」
豊かな胸が浅く上下する。
「まだ息はある。口元にはあの黒いやつが付いている所を見ると、この子が吐いたのかも知れないな」
グレフルが鼻を動かす。
「そうですね、匂いは合致します」
俺はピカトリスを呼んで、この熊人間の女の子を処置させる。
「黒の呪術に冒されているみたいだ。ピカトリス、浄化……みたいな事はできるか?」
「多分。黒い雨が浸透したのなら、光の雨で洗い流す事ができるかもしれないわ」
「このまま放っておいても死んでしまう。俺は治癒を施しながら体力を回復させるから、ピカトリスは光の呪術を使ってくれ」
「いいわ」
俺は熊人間を草むらの上に寝かせ、スキルを発動させた。
「Sランクスキル発動、重篤治癒。これで少しは元気を取り戻せるか……」
その隣でピカトリスが人革の魔導書をマントから取り出し、呪術を展開させる。
魔導書から光が飛び出し、そのまま熊人間の身体に吸収されていく。
「う……」
熊人間の背中、地面に付いている辺りから黒い汁のような物が流れ出し、徐々に熊人間の呼吸が楽になっていった。
「眉間に寄せていた皺も取れて、効果はあったようだなピカトリス」
「そうね、即効性を考えて、いちいち雨を使わないようにしたのだけど、強力すぎじゃなかったかしら」
「どうだろう。だが、確かに早く効いたみたいだぞ」
「ええ」
もし、この熊人間が黒の呪術にやられていたとして、この方法が効果あるとすれば。
「ピカトリス、お前が造った人造人間の尻拭いはできそうだな」
「そ、そうね……」
ピカトリスは魔導書をしまいながら、額の汗をぬぐっていた。