呪いの匂い
森の中が暗い。俺たちが森の中に入ってから少し経つ。
モココはまだ連絡も取れず、縄張りで付けた毛の匂いもかすかに残るばかりだった。
「こんなに木が生い茂っていたかな……」
暗い中、俺たちは進む。
日はまだ高い。
「だがこの暗さはどうしたことだ」
木々は俺が木材として伐採した物とは違い、曲がりくねっているし、枯れかけた葉っぱのくせに、数が多く重なり合っているから、日の光が地面にまで届かない。
「少しだけ、モココさんの匂いがありますよ」
グレフルが鼻を利かせてモココの足跡をたどる。
「グレフル、モココは血を吐いたりしていた。その跡はないだろうか」
「血の匂いはしないですね……いや、これは!」
グレフルが鼻をヒクつかせ、藪の中を掘り返す。
「ちょっと見てくださいよゼロさん」
グレフルが掘った地面には、黒い塊が転がっていた。
「なんだこれは……」
「モココさんの匂いがします。かすかですが。それに」
「それに?」
「なにかおぞましいような……背中が寒くなるような、そんな匂いが」
「おいピカトリス!」
俺は後ろの森に向かって叫ぶ。
「ピカトリス! いるのは判っているんだぞ!」
俺が剣に手をかけて怒気を強めると、森の奥から上半身裸でマントを羽織った男、ピカトリスが現れた。
「判ってたの?」
「当然だ。こういう話になった時、お前が興味を示さないわけがない」
「そうかしら」
「この黒い塊、これは一体なんだ?」
「見せられても……判らないわよ」
「そんな事ないだろう?」
俺は剣先で黒いブヨブヨとした塊を突き刺し、ピカトリスの目の前に突き出す。
「ちょっ、やめてよっ……」
「いいや、お前が知っていることを吐かなければ、このままお前の顔になすりつけてやるぞ」
「もうっ、判ったわよ、言うから!」
ピカトリスは両手を挙げて降参を示した。
だが、俺が剣で持ち上げていたブヨブヨは、ピカトリスの顔にくっついてしまう。
「ぼぎゃぁ!」
「ああすまん。勢い余ってな」
悲鳴を上げるピカトリス。
だが、顔に付いたブヨブヨを、ピカトリスが舌でなめ取った。
「ふむぅ、思った通りよね」
「やはりな、お前、知っていたな?」
「知らないけど、今、なんとなく気付いた事があって。それで森の中をお散歩していたってわけ」
ピカトリスはなめ取った黒いブヨブヨを唾と一緒に吐き出す。
「散歩? 俺が出て行った時わざと付いてこなかったのは、俺の目を盗んで自由気ままに探索したかったから……」
俺はピカトリスのとぼけた顔に向かってにらみを効かせる。
「違うか?」
ピカトリスは両肩をすくめて、手を上に上げた。
「ご明察。あたしはあたしなりに、今回の変異を確認したくてね」
「変異だと?」
「そう。あたしが編み出した光る雨。それがラステンの使う呪術じゃあ黒い雨になったっていうから、その変化の違いを確かめたくって」
「それってただ単に、ラステンが下手だっただけじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、でも、あんなに変化するなんて考えにくいのよね」
ピカトリスはごまかすのをあきらめたのか、見た目には素直に説明をしている。
「今まで他の人造人間にその呪術を使わせたことはあるのか?」
「う~ん、まぁ、あるって言えばあるわね」
「その時はどうだったんだ?」
「特に……おかしい所はなかったわ」
「だとすると、ラステンがなにか解決のヒントを持っている?」
「そ、そうね……」
ピカトリスが急に挙動不審となった。
「まさか、ラステンは……」
「ちょっと手違いがあってね」
ピカトリスが済まなさそうな顔を俺に向ける。
「逃げちゃった」
「逃げたぁ!?」
片目をつぶって舌を出すピカトリスのアゴを、俺は真下から拳で殴りつけた。
舌を噛んで血を噴き出すピカトリス。
だが、俺はそれに構わず、ピカトリスのマントをつかんで引き寄せる。
「お前の造った人造人間だろうが!」
「造ったからって、常に命令が効くって事じゃないのよ!」
「くっ……」
確かに子供が親の言う事を全て聞くとは限らない。ましてや人造人間だ。なにを考えているか解らないところもある。
「制御装置は付けていないのか!?」
「自由気ままがあたしのモットーなのよ?」
「知るかそんな事っ!」
俺はマントの襟首をつかんだまま、ピカトリスのアゴを殴りつけた。