緊縛の虜囚
俺とルシルは宿屋で聞いた研究所の場所へ移動した。
「研究所って、この塔の事らしいが……」
町に入る前から見えていた尖塔がまさにそれだった訳だ。
「地上三階くらいは図書館や学校、研究施設だと言っていたね」
広い敷地に大きな建物がある。その中央から尖塔が立っていて天まで高くそびえていた。
「そしてこの中央の塔が魔術師の学院か……」
俺たちは研究所の入り口にいる受け付けに声をかける。
「ここはこの辺りでも有数な錬金術の研究施設と聞いてきたのだが」
「はあ、お待ちください。どなたかお知り合いか……紹介状はお持ちですか?」
活気のないしゃべり口調で返事が来た。
「紹介状は無いが、ピカトリスの事を知っている者はいるだろうか」
「ピカトリス……!」
受け付けはあからさまに動揺している。心なしか周りの人たちも同様にざわつき始めた気がした。
「ああ、ピカトリスだ。知っているのか、人革の魔導書を持っている男だ」
「ひいっ」
受け付けの思い描いている人物と俺の聞いた内容が合致したのか、受け付けの男は慌てふためきながら何やら受け付けのカウンターをまさぐり始める。
「ゼロ、もしかしたら……」
全館に響き渡るような警報が鳴る。
「おいどういうことだ」
「ひ、ひぃ、殺さないで……」
受け付けに尋ねるが要領を得ない反応だ。
そうこうしているうちに俺たちの周りに人だかりができる。兵士のような奴と魔術師の身なりをしたような奴が多い。
「そこの旅人さん、ちょっとこっちに来てもらえないかしら。ここで騒ぎは起こしたくないのよ」
魔術師の中でもローブに金糸銀糸の刺繍が施されている女性が一歩前に出る。
「なぜだ? 俺は高名なエイブモズの研究に興味があるだけでピカトリスの事なんぞどうでもいいのだが」
「口ではどうとでも言えるわ。ただ、普通の人間にそいつの名前は出てこないのよね! 捕縛撚糸!」
「おお」
俺の身体に白い糸が巻き付く。細い糸とはいえ何重にも巻かれると大きな繭のようになる。
その繭から足と肩から上が出ているような格好になった。
「ゼロ、これじゃ抜けられないよ~」
ルシルも同じように糸でがんじがらめにされている。
「おう、これはたいしたものだな。火の矢」
巻き付かれている指から炎が出るも、一瞬で消えて煙だけが立ち上る。
「火は効かないのか。ならこれでどうだ……」
俺は全身に力を入れる。筋肉が盛り上がり糸を押し広げていく。
「やめておきなさい。どれだけ力があろうとも魔法で縒り合わせた捕縛撚糸は一本一本が鋼の強さを持つのよ。無理に力を入れれば切れるのは糸ではなくあなたの身体の方になるわ」
魔術師が親切にも説明をしてくれる。
「だがそれは普通の奴の話だろう」
俺はさらに力を入れると膨らんだ筋肉に糸が食い込む。
「ほら、血だって出ているじゃない、もう諦めて……」
「ここまでされて、はいそうですかとはいかないもので……ね!」
俺の気合いの声と同時に、巻き付いていた糸が一斉に千切れた。
「なっ、なんてこと……!」
「もう十分騒ぎになっているようだが、先ずはこのうるさい警報を止めてくれないかな」
俺は身体に付いてる糸くずを手で払うとルシルを縛っている糸を剣で斬り払った。
「わ、判ったわ」
魔術師の女性が右手を挙げると、それまでやかましく鳴り響いていた警報がピタリと止んだ。
「あなた、ピカトリスの事を探っているのかしら」
「そうではないが俺の知っている錬金術師はピカトリスくらいしかいなくてな。奴よりもっと優秀な錬金術師がいるのならその方がこちらとしても都合がいいのだが」
「いいわ、こっちに来てちょうだい」
案内されるままに、俺たちは魔術師の後を付いていった。