溜まった澱が
ピカトリスは魔導書を開いて呪文を唱える。開いたところから白い煙が立ち上り、光り輝く雲になった。
「さあ、いくわよ!」
ピカトリスが左手に魔導書を持ち、右手を天に掲げる。
光っていた雲が四方に散らばり、光の雨となって降り注いだ。
「これは?」
「人化の呪術よ」
「ラステンがやった時は黒い雨だったが」
「ああ、だからなのね。浄化が済んでいない呪術だと、綺麗な能力転移ができないのよ」
「能力転移?」
「うーん、難しい所を省くと、動物が人間の姿になる時に、身体に起きる変化なんだけど、その時に不純物が溜まっちゃうのよね」
光る雨に打たれている虫の獣人たちは、心なしか楽しそうな顔で空を見上げていた。
「この光っている雨だと、そういうのはないのか?」
「そうなのよ。研究の末に見つけた呪術なんだけどね」
「まあ、呪術だから治癒スキルで治らない症状だったりしたのか」
「病気じゃないからねぇ」
ひとしきり雨が降り終わると、辺りにいた獣人たちはみなおとなしくなる。中には元々の虫に戻っている奴もいた。
「モココたちもこの雨ならその不純物はできないのか?」
「あたしはその獣人たちは判らないんだけど……これからだったらそうなるわね。でも、もう溜まっちゃっている不純物、変身の残骸みたいなものは残ったままなのよ」
「それじゃあモココたちはこの光る雨でも治らないって事か」
「そうね。でも定期的にこの雨を当てて、少しずつ溶け出させたら、もしかすると効果があるかも」
「だったらそれを」
俺の言葉をピカトリスが手を出してさえぎる。
「でもねゼロ君、この呪術、一回発動させると、次に使えるのが一月後なのよ」
「えっ、なんで?」
「この呪術は月の力を集めて発動させるの。一ヵ月は月の光を浴びて、力を蓄えないとならないのよね」
「だったら今使うんじゃなく、モココたちが戻ってきてから使ったらよかったのに」
「でも、今いる獣人たちを押さえるのには、今使わないと」
「う、うむ……」
モココたちは動物の姿のまま、てんでバラバラに逃げ去ってしまっていた。
人の会話で呼び寄せられるか、そもそも思考が伝わるのか、やってみなければ判らないがあいつらを健全な状態へ戻せるかが大切だ。
「ラステンがやらかした話だったら、ピカトリス、お前が後始末を付けろよな」
「も、もちろんよ。まさかこの子がこんな暴走するとは思わなかったし……」
「お前の造った人造人間なんだからな」
「そ、そうね……」
ピカトリスが肩身の狭い思いをしている様子を見て、ラステンが申し訳なさそうにしていた。
「思念伝達を使って動物たちに伝わるだろうか」
「試してみるから、ゼロ君たちは動物がいっぱい集まった時に、一緒にいられるような柵を作ってもらえたりするかしら」
「まあそれくらいはやってやってもいいが……ピカトリス、黒の呪術にかかった動物たちとの連絡、頼むぞ」
「ええ、それは任せてちょうだい」
ピカトリスは薄く目をつぶり、頭の中で考えを集中させる。それを思念伝達に乗せて周りの動物たちへと直接意思を伝えるのだ。
「それじゃあ俺は、集まってきた動物たちが休めるように、柵とか水場とかを作っておくか。おい、そこのミミズ人間!」
俺はまだ獣人化しているミミズに声をかける。
「お前は土を掘ったりするのが得意そうだからな、ちょっと手伝え。それと他の獣人も、手伝えるものは働いてもらうからな」
俺は獣人たちに指示を飛ばしながら、牧場みたいな敷地を作っていく。