実験の途中経過
ピカトリス。人革の魔導書を持つ男。優秀な錬金術師で、上半身裸の変な奴。
「なんでお前がこんな所にいるんだよ、ピカトリス。天界との戦いが済んで今の時代に移ってきてから、アリアの元で宰相をやり直しているのかと思えば」
「それだって頑張っていたのよ? でもね、ユキネ君と一緒にカインちゃんの身体変化の神秘を解きたいと思っちゃったのよ~」
「カインのか?」
シルヴィアの弟カインは、月の光を浴びると猫耳娘の姿に身体変化してしまうのだ。それが体質なのかなにかの技なのか、結局俺は理解できないまま時を過ごしていた。
「そうよ、そのために獣人化や人間化を、すごく、すっごく研究したんだから!」
ピカトリスは偉そうに胸を張る。
「それで、このラステンとはいったいどういう関係なんだよ」
「関係? ゼロ君、あたしとラステンの関係を気にしちゃう? 気になっちゃう?」
イライラした俺はピカトリスの頭に拳を叩き込む。
「いったぁ~い!」
「当たり前だ。砕けないように加減してやっただけでもありがたいと思え。で?」
「んもう、意地悪なんだからゼロ君てば」
頭をさすり、涙目になりながらピカトリスはラステンの首根っこをつかんで俺の前に座らせた。
「この子、ラステンはね、あたしが造った人造人間と泥人形を合成した新しい生命体なのよ」
「人造人間と……泥人形!?」
「そう、元々の素材は火葬した人間たちの灰を集めてね、そこから練り上げて造ったの」
「なんて罰当たりな……」
「そうかしら? 病に倒れたり病気で亡くなる人に、死の直前できちんと意思を聞いて、それから火葬して集めた灰なのよ。亡くなった人たちも本望だと思うわ」
「う~ん、なんかそこんところ、納得できないんだけどなあ」
ただ、ピカトリスは錬金術師で、動く死体とか人造人間を造ったりしていたからな、俺とは感覚が違うのだろう。
「それで、この人間化の呪術はどうしたんだよ」
「それなのよ、カインちゃんの身体変化を研究していたらね、逆行調査というのかしら、いろいろと調べていたら、生き物を人間の姿へ変える呪術を偶然にも見つけちゃってね」
偶然か。天才というものは、どうしてこう恐ろしい事を実現させてしまうのか。
「今いる千年後の世界は、一度文明が滅んじゃっているような感じでしょう?」
「まあな、俺たちが一斉に抜けてきてしまったわけだから」
「そうなのよ、だから技術も人手も足りなくて、とにかく働ける人をたくさん生み出す必要があったのよ!」
目を輝かせてピカトリスが力説する。
「それがこの人間化か」
「うんうん、解ってもらえたかしら」
俺はもう一度ピカトリスの頭に拳を叩き込んだ。
「いったぁ!! 二度もぶたないでよ! それもおんなじとこ!!」
「黙れっ!! お前が余計な事をしたお陰で、このラステンとかいう人造人間が獣人で構成された軍を仕立てて攻め込んできたんだぞ!」
「まぁ!!」
ピカトリスは両手を口に当てて驚く。
その横でラステンが嬉しそうにピカトリスを見ていた。
「この子が軍隊を組織したっていうのね!? それは凄いわ! 自分の考えであたしの命令じゃなく! これは記録に残して……」
変に盛り上がっている所で俺は今一度ピカトリスの頭を叩く。
「いたたっ! もう頭殴るのはやめてよっ! お馬鹿になっちゃうじゃない!」
「道具を造ろうとしたお前の考えは否定しないが、戦を始めるような奴を賞賛する事は許さんぞ」
俺の真剣な怒りを向けられて、ピカトリスとラステンは二人で抱き合いながら怯えていた。
「わ、判ったわ、獣人たちは侵略には使わないから……平和に役立ってもらうようにするから、ね、許して?」
媚びを売る目で俺を見上げるピカトリス。
いい加減俺も疲れた。大きなため息を一つ吐いて、気を落ち着かせる。
「それで、生き物たちに悪い影響は出ないのか? 一時期、吐血をするまで苦しんでいたが」
モココが血を吐いて倒れたりもしたからな。
「黒い雨を使った呪術で人間化した獣人の話ね」
ピカトリスは真面目な顔になってマントを払った。
マントの内側から取り出したのは、人革の魔導書。