教えた人が
透明感のある氷の箱。中の様子は外からでもはっきり判る。
「ううう……」
ブルブルと震えるラステンは、紫色の唇をワナワナと震わせながら、恨めしそうに俺を見ていた。
「寒いか?」
当然の事を俺は聞いてみる。
「ささささささ……しゃぶい……」
「んん? しゃぶいってなんだ? よく聞こえないなあ」
「しゃ……しゃぶ……さ、さぶ……さむい……」
「うんうん、寒いだろう。そうだろう」
寒がっているラステンを見て、俺は腕を組みながら軽い返事で応えた。
「もう、ゼロったら、いたぶるのはよくないよ」
「そうか? いろいろと面倒な事をしてくれたからな、少しくらい遊んでやってもいいだろう?」
「でも、可哀想だよ」
ルシルの言葉にラステンが大きくうなずく。寒さも相まってか、うなずく速度がかなり速いようにも見えた。ただ震えていただけなのかもしれないが。
「だってなあ、このまま解放するわけにもいかないだろう?」
俺の言葉を聞いて、悲しそうな視線を俺に向けるラステン。
「そんな事ないよ、こんな生き地獄みたいにするより、解放してあげた方がいいと思うなあ」
ラステンは、百万の見方を得たような気持ちだろう。ルシルの事を崇めるかのように手を合わせて見ていた。
「自由にするって、じゃあどうする?」
「決まっているじゃない。このまま凍らせて煙になれなくなったところで身体を破壊して、肉体から魂を自由にしてやるのよ」
「やっぱりなー」
今ひとつ理解できていないラステンに向かって、俺が優しく説明してやる。
「いいか、俺はどうにかお前を懲らしめてやろうと思っていたが、それはまどろっこしいって、この元魔王様が言っているんだよ」
「ふぁ……?」
「だからな、お前を凍らせて叩き割って、とっとと殺しちまおう、っていう提案だって事」
「ひゃっ!」
寒さのせいだろう、言葉にはなっていないのは。だが、その表情からは自分の置かれた立場が氷の箱ではなく薄氷の上にいるようなものだったという事が。
「まあ、俺も戦闘中にお前の腕を斬り落としたり首を叩き割ったりしているからな、元々殺すつもりだったんだけどさ」
「ひ、ひいぃ!」
「生かしていても面倒なのは確かだし、いいか、殺しちゃえば」
「ぴやぁあぁ!!」
俺は氷の箱に魔力を注ぐ。箱の中の気温が一気に下がり、空気中にある水分までもが凍り付く。
箱の中が白くもやがかっていき、ラステンの髪が凍って自重に耐えられなくなり折れて落ちる。
「待てっ! 待ってっ!!」
いきなり背後から俺を呼び止める声がした。
「待ってゼロ君! その処刑、待った~!」
ぶかぶかのズボンに上半身裸でマントを羽織った男が俺に駆け寄ってくる。
「その子はね、悪気があってそうなったんじゃないのよ、本当はとってもいい子なの!」
上半身裸のマント男が氷の箱に手を添えた。
「な、なに気取ってんだよ女言葉の変態男!」
ラステンは身体を凍らせながらも氷の箱に手を当てる。ラステンの手は壁に張り付き、少し剥がれた手のひらから血が流れてくるが、その血もすぐに凍っていく。
「まぁっ! 生意気っ!!」
その変態男は、握った拳で俺の作った氷の箱を叩き始めた。
「おい、あんまり無理するなよな」
俺が止めようとしても、変態男の拳は氷の厚い壁を叩く。
「はあ……」
俺は大きなため息をついて、魔力を解放した。
瞬時に氷の箱は消え去り、中にいたラステンと外から叩いていた変態男の拳がぶつかる。
パキャン!
甲高い音が響き、変態男が振り下ろした拳がラステンの身体を木っ端微塵に砕いていた。
「はわわわ!!」
自分で引導を渡す形になった変態男は、砕けたラステンをかき集めながらフーフーと息を吹きかける。
「ほう」
俺はつい驚きの声を上げてしまった。
砕けた氷が溶けて、中から煙となったラステンが空中に舞い、ひとところに集まりだす。
「すごい生命力……って、生きているって言えるのかなあ」
ルシルの言葉に俺は全面的に同意する。
「それで、いったいこれはなんだ」
俺は集まってきたラステンとマントの男に問いかけた。
「返答次第じゃあただじゃあ置かないぞ、ピカトリス」
マントを羽織った男、ピカトリスは、申し訳なさそうな顔で俺を見ている。
ようやく部品の集まったラステンがその隣で縮こまっていた。